井原市七日市町の内科・小児科・皮膚科 ほそや医院

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紅梅とヒヨドリ - ほそや医院

 2月中旬、いつもより少し暖かかったので家内と近くの梅林に出かけた。門をくぐると左前方に赤と白のまるで綿あめのような景色が現れた。4、500メートル進んでみると見事に満開になった紅梅と白梅が目に飛び込んできた。あまりにも美しい紅梅の木を眺めていると、花のついた小枝が微妙に揺れているのに気が付いた。不思議に思って目を凝らしてみる。すると、なんとヒヨドリがさかさまになって花の蜜をついばんでいるではないか。ひとしきり見ていたら、ごちそうに満足したのかヒヨドリ君は飛び去った。

 私が何故紅梅の枝にとまって花の蜜を食べている鳥をヒヨドリと分かったかというと実は5、6年前に我が家の裏庭の窓の傍に植えている何本かの八つ手の木の一本におわん型の巣を作った鳥がいた。巣ごもりしている鳥をこっそり写真を撮って調べたことがある。その鳥は「ヒヨドリ」と言って、生態は里山や公園などある程度樹木のある環境に多く生息し泣き声は「ヒーヨ!ヒーヨ!」などと甲高く鳴く。繁殖期は5~9月と書いてあった。このことのお陰で私は目の前の野鳥をヒヨドリと認識したのである。話はまた過去に戻るとしよう。窓の傍に巣を作ってくれたお陰で毎日私はヒヨドリを観察できた。ある日4羽のひなが口を開けて親鳥の運んでくる餌を待っているのを目撃した。それからというもの帰宅したときはもちろん朝に夕に巣を見るのが日課となった。事件が起きたのはヒヨドリが孵化して7日目に起きた。隣の医院から我が家に帰ってくると愛犬メロンが窓に向かって吠えているではないか。ただならぬ雰囲気なので窓から外を見ると猫が八つ手の木の下で巣を見上げている。私はとっさにひな鳥たちが襲われると思い外に出て猫を追い払った。またある時は親鳥が甲高い鳴き声で猫を威嚇している場面に遭遇したことがある。私たち家族とメロンの監視の成果で、無事にひな鳥たちが巣立っていった。それからしばらくして、医院の屋根の上にヒヨドリが留まっているのを目撃したことがある。ヒヨドリはひな鳥が巣立った後、その巣に戻ってくるという習性があると何かの本に書いてあったが今見るこのヒヨドリ君が親鳥かどうかは分からないがそう思いたい自分がそこにいた。

 紅梅と白梅の並木道を家内と肩を並べて歩いていると後ろからさっと冷たい風が私達を追い越していった。その時、何故だか夕ご飯のことが気になってきたので家内に相談すると天ぷらが食べたいという。私は携帯を取り出し、なじみの店に電話を入れるとすぐに予約が取れた。コロナ禍だから店も暇なのかもしれない。店に入ると客はいなくて、大将が笑顔で迎えてくれた。しばらくしてからもう一組の夫婦がやってきたが、私達が帰るまで8席のカウンターは4人の客だけであった。日本酒と美味しい天ぷらそして、締めの天茶漬を堪能した私たちはほろ酔い加減で店を出た。

 院長を息子に譲った後は「あれもこれも」と思っていたが、コロナ禍では何もできないという閉塞感ばかりが私の周りに漂っている。この「どうにもならない」という受動性こそ、「無心」という境地だと仏教哲学者、鈴木大拙は述べている。このことを私はぬるめの風呂に浸かりながら、「絶対的受動性」を受け入れようと心底覚悟した。