井原市七日市町の内科・小児科・皮膚科 ほそや医院

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桜行脚の秋田・新潟ひとり旅(最終章) - ほそや医院

4月28日、朝早く黒湯温泉を出発し急いで田沢湖周辺を観光して田沢湖駅10時26分発の新幹線こまち号に乗り込み11時27分に秋田駅に到着した。13時ちょうど発の特急いなほ号に乗って今日中に新潟まで辿り着く必要があった。秋田滞在時間は僅か1時間と少ししかないので観光は桜の名所である千秋公園のみと決めていたから急ぎ足で目的地へと急いだ。公園にはまだ桜の花が咲いており、私的には角館の桜よりきれいだと思った。公園の周囲にお壕があってハスが群生していたのにはびっくりした。この公園は駅から5分と言う立地条件なので人気があるらしい。もしも今度秋田に来ることがあればゆっくり時間をかけて公園を散策したいと思えるほど素晴らしい所だった。いなほ号の乗車前に昼食用のお弁当と冷酒八海山を買って発車時間ギリギリに乗り込んだ。いなほは、新潟駅・酒田駅・秋田駅を白新線・羽越本線経由で運転する特別急行列車で新潟駅まで3時間37分もかかるが私はあえてこの列車に乗る計画を立てたのである。理由は昼間の日本海を車窓からゆっくりと眺めたいからである。幸い、私の乗り込んだ号車はガラガラで数人の乗客しかいなかった。日本海の海岸線に沿って走るいなほは私にとってはつかの間の愛車のように思えたし、私に僥倖を与えてくれた。座席のテーブルに秋田駅構内で買った幕の内弁当とイカの燻製、八海山を置き車窓からの景色を楽しんでいた。座席から見る外の景色はどこまでも続く的皪な海と青い空そして綿菓子のような白い雲、この広大な景色を見ていると自分がなんとちっぽけな存在と思えてしまう。さらに言えば、宇宙の年齢は138億歳で球形の形をしているという仮説を20年ほど前にロシアの数学者が唱えたことを何かの本で読んだことがある。宇宙が球形ならその向こうには何があるのだろうか。こんなことを考えていると突然、反対の車窓に雪をかぶった鳥海山の絶景が現れた。鳥海山は古くから霊峰として崇められた秋田県と山形県にまたがる山である。山頂に雪がある景色は富士山によく似ていると思った。その鳥海山を写真に収めようとするとついつい焦ってしまった。というのも可能ならばできるだけパンフレットで見る富士山のようにシンメトリーなものを撮影したかったからである。果てしなく続く海の景色を見ながらいかの燻製をかじり、八海山をちびちびと飲んでいるとついうとうととしてきた。
山間の小さな温泉町にある小さな診療所で看護師一人と医師である私が一生懸命に患者さんを説得している。聞けば、奥さんを胃がんで亡くしたので自棄になり、こんな田舎町を出て東京に行くと言っている。仙北市には田沢湖や乳頭温泉郷もあって自然が豊かで人情も厚いのでここで暮らして仕事なら私の診療所で雑用をしてくれたら助かる。と言いかけている途中でいかの燻製の袋が落ちたところで目が覚めた。直にアナウンスが流れて間もなく終着駅新潟駅に到着する模様だ。私は急いで降りる準備をした。この時、「やれやれとんだ夢を見てしまった。夢の中でも仕事をしたなー」と独りごちた。
今夜の宿泊先は信濃川にかかる万代橋のたもとにあるホテルオークラ新潟である。実はこのホテルは30年前ごろ学会に来た時泊まったことがあるホテルだった。部屋は信濃川に面したところで眼下に桜並木も見えてとても良い部屋だった。前日宿泊したところがひどい所だったのでそのギャップに感激する私だった。夕食はホテルにある中華レストランで食事をした後、バーで山崎のロックとソルティドッグを堪能した。その夜は熟睡し、目覚めも良かった。朝食までに時間もあるので信濃川沿いの桜並木を散策した。4月末にしてはやや肌寒くかんじた。それでも桜の花びらがひらひらと落ちては舞い上がる様子を見ていると飽きることはなかった。
11時20分発の上越新幹線ときに乗り込んで東京駅に向かった。ちょうど大宮駅を出たあたりから雨が降り始めた。窓ガラスに雨滴が横に走っている向こう側のどんよりとした景色を無心に眺めっていると直に東京駅に到着した。駅構内のウナギ専門店で贅沢なうな重を食べた。一人でこんなおいしいものを食べることに少し気が引けた。食事しながら羽田を18時ちょうどの飛行機に乗るまでの4時間をどうするか考えた。これまでに東京は何度も来ているので特に見物したいところはなかった。「そうだ。大学浪人時代に過ごした代々木の街に行ってみよう」と思い付いた。山手線の代々木駅に降り立つと55年前とは景色が一変していた。通学していた予備校跡と思えるところは近代的なビルになっていた。そぼ降る雨の中傘をさして往来を行きつ戻りつしながら歩いていたら星野珈琲の看板を見つけたのでそこに入った。コーヒーを啜りながら来し方を振り返った。その当時の私は無口でどちらかと言えば人付き合いの下手な青年だった。予備校には行かずに代々木公園を散策したり、海を見るため湘南海岸に行ったこともある。東京の予備校になじめずに半年で地元に帰ったことなど思い返していた。
予定通りに羽田空港から岡山行きのANAに乗り込んだ。2日間の旅で疲れたのか座席に着くとすぐに眠ってしまった。機長のアナウンスで目が覚めた。風のせいで着陸態勢に入れないため岡山空港の上空を旋回しているので予定の到着時間が遅れるらしい。着陸を待っている間、この2日間の出来事など思い起こして、桜をこよなく愛した西行の句である「願わくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの望月のころ」を心の中でそらんじた。

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新幹線こまち号に田沢湖駅から乗車し秋田駅に11時26分に到着し直ぐに徒歩で千秋公園に向かいました。この写真は公園入口にあった看板の写真です。

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この写真は千秋公園二の丸跡の葉桜になった桜の写真です。私は満開の桜も好きですが雨風に打たれて散ったこの様な桜も大好きです。

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これは13時ちょうどに発車する特急いなほ号をプラットホームから撮影したものです。鞄には冷酒八海山が忍び込んでいます。

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この写真は霊峰鳥海山です。山頂に雪をかぶった姿は富士山に似ていますよね。

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これは万代橋から撮影した宿泊したホテルオークラ新潟です。

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これが一級河川信濃川を撮影したものです。

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信濃川の安らぎ堤から撮影しました。

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これは上越新幹線とき号です。この新幹線で東京駅まで乗車しました。

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東京駅に着いたときは雨が降っていました。この写真は改装された東京駅丸の内です。