井原市七日市町の内科・小児科・皮膚科 ほそや医院

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春 雷 - ほそや医院

 3月初旬のある日、山陽自動車道を広島方面に車を運転していると、どんよりとした空から筋交いに山の端に向かって稲妻が光るのが見えた。私は思わず春雷かとつぶやいた。春雷とは3月から5月位に寒冷前線が通過するときに発生する雷で啓蟄と同じ春の季語でもある。高浜虚子の「春雷の鳴り過ぐるなり湾の上」ではないが、私も富士山上空を飛んでいる飛行機の中で雷に遭遇したことがある。直ぐに、機長のアナウンスが流れた。今、雷雲の中を飛行していること、多少の揺れはあるも安全であると言われてもなぜか不安になりお尻がムズムズしたことを運転しながら思い出していた。
 春雷に出会った翌日の朝に我が家の庭に出てみるとハナミズキ、ケヤキ、エゴノキそしてヤマボウシの木の枝に小さな蕾が付いていた。散歩がてら近所の桜並木を歩いてみるとここにも春の到来を待ち構えすでに枝に蕾がちらほらついていて、改めて春の訪れを感じ入った。
 ところで、昨年の4月から院長・理事長を息子に譲り私は勤務医になった。幸か不幸か退任すると診療時間にも余裕が出て週4日勤務をしている。当初は余った時間を何に費やそうか悩んだ時もあるが今では新しい友達の輪もできてこれまでとは異なった生活スタイルを構築できたことがとてもうれしい。医療の面ばかりでなく異種文化に触れることができ充実した毎日を過ごしている。最近、特養の回診を頼まれて週2回行っている。ベッドサイドでの回診はそれこそ27年振りである。入所されている方の大半は寝たきりで経口摂取ができないばかりか発語もままならない患者様である。それでも声をかけるとアイコンタクトが可能で目が笑っているように思うこともある。部屋の壁にはお孫さんたちと楽しそうに写真に納まったものが掲示されている。それらを見るにつけこの人たちの良き時代をしのぶことができる。看取りも時々あって良き「お送り医」になろうと思うこの頃である。
 さてもう少しすると桜の開花予報が出る時期となった。桜と言えば、妻子を捨て仏・歌・桜を追い求めた武士であり僧侶でもある西行(1118年-1190年)を思い出す。この西行に関して日経新聞(2022/2/25)に人生100年の羅針盤と言う特集の中にまとめられていたので紹介しよう。西行の終焉の地は大和葛城山の麓にある弘川寺だ。1190年の新暦3月下旬の満月の頃に桜の花の下で息を引き取った。死の数年前に詠んだ句「願わくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの望月のころ」(できるなら春、釈迦が入寂した旧暦の2月15日の満月の頃桜の花の下で死にたい)のとおりに最期を迎えた強靭な意思に感服するのは私だけであろうか。もう一句紹介すると「あくがる心はさても山桜 散りなむのちや 身にかへるべき」(山桜にあこがれる気持ちは一向にやまない。花が散った後、わが体に戻ってくるのだろうか)西行は宙を舞う桜の花への憧憬が頂点に達して、こころを束縛していた社会や家族から逃げ出し自由に漂泊の旅に出たのであろうと想像できる。
 10年前、京都の嵐電北野線に乗り桜のトンネルを楽しみながら、賀茂鶴ゴールドを飲んだことが思い浮かぶ。今年の春は西行の真似はできないが、桜行脚に出かけたいものだ。