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万事塞翁が馬

万事塞翁が馬 院長ブログ
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台風の日に思う

 9月の月末の日曜日。朝から台風24号の影響で雨が降っている。本当なら、今日は京都の研究会に出席しているはずだった。天気が良ければ研究会の後、久しぶりに大覚寺に行ってみようと計画していた。それもかなわず書斎からぼんやりと庭を眺めている。欅の枝が風で強くて揺れて、芝生の上には飛ばされた枯れ葉が散らばっている。次に本棚に目をやると以前読んだ渡辺淳一の「秘すれば花」に目が留まりもう一度読み返してみた。帯に「若さ、盛り、老いをいかに生きるか?能の奥儀『風姿花伝』に学ぶ、現代人の生き方。さらに、序文に、『風姿花伝』は、能楽を大成した世阿弥の作ではあるが、その内容は父観阿弥がその子世阿弥にその都度教え、諭したものを、ひと続きの文章にまとめたものである。中略、以前から私はこの書を人生の指針として愛読してきたが、さらに多くの人々に読んでもらえたらと思い、その内容を現代に引き付けて考えてみた。と書いてあった。
 読み返してみて、やはり一番心に残る箇所は以下の言葉である。「さりながら、この花は真の花にはあらず。ただ時分(じぶん)の花なり」意味は、時分とは字の通り、ころあい、好機という意味で、「この花(美しさ)は本当の芸の力から出たものでなく、たんなる一時の花に過ぎないものである」と。さらに作者は続ける。いずれにせよ、時分の花はやがて失せる。真の花はその者が生来持っている才能に加え努力によって生み出される絶対的な能力、と結んでいる。これからは私の思っていることだが、親からもらった才能などはほんの一時的なもので、その後の努力で勝ち取ったものこそ本当の花、つまり、「真の花」とおもう。
 外の景色に見とれていると、末娘が孫を手渡して「父さん、少しは子守をして」と言って立ち去った。

2018-10-04 10:15:00

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豪雨と私

 今年の夏はいつもとは少し変である。7月5日の木曜日の夜は家内と私の知人の5人で実は食事会をしていた。福山のお店にタクシーで出かけるとき少し雨が降りかけていたが何も気にすることなくタクシーに乗り込んだ。下車するときは雨が土砂降りとなり私は体が大きいため傘から体が出るためずぶぬれになった。この雨が、実は西日本豪雨の始まりになることをだれが予測できたであろうか。お店で上着を預け席に着いた。美味しい料理が次から次へと出るためお酒も弾みいつになく饒舌となった私。そんな分で帰りのタクシーに乗り込むとすぐに眠りに落ちた。7日の夜は甲子園に野球観戦に行く予定であったが早々と中止の連絡があった。午前中診療をしていたがこの時すでに真備町のほうは小田川が決壊し住宅に水が入り込んでいたことは全く知らなかった。
いつものペースで診療を終え、テレビを見ながら昼食をしていると、眼前に真備町の状況が映し出され私は愕然とした。まるで、7年前の3月11日の東日本大震災の光景とダブるところがありびっくりした。取り分けて、私の医局出身の先生が経営している病院が画面に映され知人である院長が病院の屋上から救助を求めている光景を見て愕然とした。患者さんの話を聞いていると私の家のごく近所でも床上浸水となり後が大変で困られている家もあってお気の毒で言葉も出ない。水害のひどい地域の医院の先生方は診療のめどが立たないので閉院を余儀なくするところも出ている。こんな状況を全く理解していなかった私はなんと間抜けな奴で穴があったら入りたい気分である。
 そして、間抜けな話題がもう一つ。それは、台風20号が四国・近畿に上陸する予定である8月23日に以前から予定していた仲間内の飲み会に倉敷まで行く予定になっていたので笠岡行きのバスの時刻表を見ていると、家内が呆れて「もし、夜になって風が強くなったら無理しないで倉敷に泊まって、朝、診療に間に合うよう帰ってきたら」と口をはさむ。
 山陽本線で倉敷に向かう途中、車窓から見えるどんよりとした曇り空を見ながら「余程の酒好きものだな」とひとりごちた。

2018-08-31 12:38:36

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人生初の人間ドック

 6月上旬の水曜日、今日も梅雨入りしたばかりの雨がしとしと降っています。人生初めての人間ドック受診の日です。昨夜は、病院の指示で大好きな晩酌も遠慮してほしいというので、おなかにやさしい食事をして、お酒も飲まないのでいつもより早く夕食も終わり、少し読書をして早めに風呂に入り、そこそこ寝室に向かいました。翌朝は検査のため、絶食で病院に向かいました。さて、患者さんには健診の重要性を切実に唱えている私ですが、当の本人は開業医ゆえに平日は休めないのを理由に一度も健診を受けていませんでした。ところが、この4月より息子である副院長が水曜日の外来を私のために一人でこなしてくれるというので、私は世間でいうところの週休二日制を甘受することになりました。70歳を目前としたときに私の体を隅から隅まで検査することも悪くはないと思うようになりました。そうと決まれば、私は直ぐに家内にも人間ドックを受けるように勧めました。何しろ彼女も私と同じでこれまで一度も健診を受けていない人ですから。
 健診を受けて思ったことは対応してくださった受付の人や看護師さんの優しさのお陰で私達は安心して検査を受けることができました。検査が終わってから、食堂で本日初めての食事をとりながら家内といろいろ話しました。そして、うちの医院にとっても参考にすべきことがたくさんあってとても有意義な一日でした。
 私は来年の6月に古希を迎えます。時のたつのは早いもので、還暦旅行に家内とドイツ・フランス・スイスの旅に出かけたのがついこの前のように思い出されます。これからは医師生活40年の経験を活かしてまず第一にハートのある診療をし、患者さんのお役に立ちたいと思っています。余力があれば趣味の下手なゴルフ、旅行、釣りそして3年前から始めた英会話の勉強にカナダのトロントでホームステイをしながら2021年トロント開催の国際糖尿病学会に参加したい夢を持っています。私の口癖の「夢持ち続け日々精進」。夢は持っていたのにと過去形でなく、夢を持ち続けるものと思います。そして、「昔は頑張った」と振り返るのではなく「今を頑張っている」このことこそが大切だと私は思います。

2018-07-02 09:53:00

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週休二日制

 5月2日水曜日、ゴールデンウイークの谷間で本来ならば今日は仕事で診療しているはずであるが、先月から水曜日は副院長である息子が診療してくれるので70歳を前に世間でいう週休二日となった。午後からはあいにくの雨がしとしとと降っている。窓から見る欅の葉っぱが雨に濡れてやたらとみずみずしい。静かな書斎で雨音を聞いていると不思議といろんなことが思い浮かんでは消えてくる。
 平日に仕事もしなくて家でぶらぶらし、家内のお供でデパートの中を散策するのはそれこそ45、6年ぶりだと思う。今日を入れてまだ5回目の平日休暇ではあるがいろんなことを考える機会となった。
 まず気が付いたことは平日のデパートは当然といえばそれまでだがお客さんが少ない。そして、60代以降の女性が目に付く。しかも数人のグループがいろんな売り場に居て品定めをしている。デパート内のカフェにも出没し長時間粘っているようだ。不思議と年配の男性はほとんど見当たらない。おそらく、お金のかからない将棋や碁のクラブで暇つぶしをしているのだろう。やはり、世の中女性優位なのだろうか。
 デパートを出てお昼ごろ街中を歩いてみて思ったことはどの店もランチメニューを前面に出して営業している。私たちもイタリアンのお店に入って思ったことは意外と値段の割には量も適当でおいしく出来上がっていた。食事をした後の満足感があった。これは週休二日制のメリットということか。
 予定では来年6月で定年して、院長職を退くつもりである。そうなれば、火・木・金・土の4日勤務となる。益々自由時間が多くなるがこのことが今は嬉しいと思うが暇もまた辛いものがあることは言わずもがなである。
 日野原重明先生が「いのちとは、人に与えられた時間である」と何かの本に書いていたと思うが私も同感で、これからの時間はあまり多く残されてはいないと思うがその時間、時を大切にしようと思っている。差し当たり、英会話の勉強・医療ボランティア・旅行・ゴルフ・海釣そして家族とのふれあいを目標にしたい。

2018-05-11 09:26:10

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突然死

 私が京都は山科にある勧修寺(かじゅうじ)を訪れたのはいつであったろうか。あれは確か風花が舞っていてとても寒い日であった。紫式部とゆかりのあるこの寺は今昔物語の中に記載があります。今年の春は久し振りに京都で内科学会があるのでついでに足を延ばし勧修寺に赴き白壁の築地塀に沿って桜並木の続く参道をゆっくり歩いてみたい。とにかく昨年の暮れから末娘の出産やインフルエンザの流行による多忙な診療で家内も私もゆっくりする時間が取れなかったので、少しゆっくりしたいと思っている。
 ところで、最近よく知っている芸能人の突然死が新聞紙上を賑やかせています。この突然死について今回はまとめてみました。私のブログを読んでくださっている皆様は参考にして健康寿命まで頑張ってください。この突然死の死因は急性心筋梗塞、動脈瘤の破裂や解離性動脈瘤解離などが挙げられます。いずれにしても血管の異常が原因です。血管病変を引き起こす疾患は高血圧症・糖尿病・肥満・高脂血症です。患者の皆様もこれらの疾患のある人は早めの治療をお勧めします。血管の異常をいち早く見つけるためには頸動脈エコーで頸動脈のプラークを確認することが大切です。この検査で将来、脳梗塞や心筋梗塞の発症を予測することができます。当院でもこの検査は保険診療で毎日していますので医師にお尋ねください。これらの危険因子が火薬なら発火剤となるのが急激な寒暖差によるヒートショック、日々の過労やストレスです。血管の動脈硬化や血液の凝固を抑制する食物はイワシやサバに代表される青魚です。もし、毎日青魚が摂取不可能ならEPA製剤(エパデール)の内服がよいと思います。睡眠のとりすぎもよくありませんが5-6時間の睡眠が一番良いようです。汗ばむ程度のウォーキングか水泳などの有酸素運動を週3回程度するのがよいでしょう。
 ところで、私が日ごろ健康に気を付けていることを2,3紹介してみます。先ずは出来るだけストレスをためないように努めています。以前も話しましたが鈍感力と忘却力を身に着ける努力をしています。腹が立つことを言われてもハイハイと言って軽く流し、嫌なことは文章に書いて第三者的に見るようにしています。これが忘却力ですね。晩酌には日本酒なら1合、ワインはハーフボトル、焼酎かスコッチのオンザロックを毎日飲んでいます。運動はスイミングを週2回しています。そして、下手なゴルフを友人としています。風呂上りには青汁を1缶飲み干します。朝食は具たくさんの味噌汁と目玉焼き、サラダ少々とご飯を軽く一膳、昼食はトースト1枚と牛乳です。今のところ、特に身体で悪いところはなく健康に過ごしています。

2018-03-08 16:54:00

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高齢になって余生を謳歌する5か条

 1月最後の日曜日。私は久しぶりに朝寝をした。2階の寝室から降りてくると末娘の婿が赤ちゃんを抱いていた。そうか、昨夜我が子に会いに夙川から車を飛ばして帰ってきたのだ。先週の土日は研究会で上京していた。月曜日はインフルエンザの患者さんが多数来院され診療時間も長くなり少々お疲れ気味のところに金曜日新年会があり二日酔いで土曜日の診療をしたためいささか体も悲鳴を上げていたので11時間も寝てしまったのだ。
 ところで、1月上旬に地域の老人会から私に講演の依頼があり上記の演題でお年寄りの前でお話をした。内容の一部を紹介してみると以下の内容で1時間足らずしゃべった。
年をとっても余生を謳歌するには、老人力・忘却力・鈍感力・童心・悩まない、恨まない、悔いないこれを実践することが大事と冗談を交え話した。この内容は私が常々思っていることである。私は血液型がB型でマイペースの人間である。上司に注意されても「はい、はい」と言って決して逆らうことをしない。嫌なことがあればそれを文章化して第三者的に扱うと嫌なことも忘れてしまう。つまり、これが忘却力である。そして、日ごろから悩まない、人を恨まない、失敗しても悔いないようにと思うがなかなかうまくいかないのが現実である。

 話は変わりますが、皆様は抽象絵画の第一人者である篠田桃紅さんをご存じだろうか。彼女は現在105歳で今だ現役で墨を使った絵を描いている。その彼女が105歳に寄せてという題で日経新聞に投稿されていました。その中で次のようなことを書いている。
「人間は生き物ですから、平均的に衰えては行きますが衰えていくだけでなく深まっていく面もあります。老いて初めて気づくこともあります。衰える一方でなくほんの少しだけどプラスになっていることもある。」と記述されています。その得難い貴重なものを私はこれからの人生で見つけたいと思っています。最近、五木寛之さんが70代は人生の黄金期と名付けている。私も来年の6月でいよいよ70歳となる。家内とともにこれまでになかった人生を二人三脚で歩み、黄金期を謳歌しようと思った。

2018-01-30 15:36:59

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寿司

 今年も1週間を残すのみとなりました。悲しいこと嬉しいこといっぱいありました。
悲しいこと今日は触れません。気持ちが整理出来たらまたこのコーナーに載せようと思っています。12月10日に私にとって6人目の孫が誕生しました。それは末娘の長男です。
診療が終わって自宅に帰ると赤ちゃんの泣き声がしています。末娘が結婚して我が家を出てからは1年余り私達夫婦二人の生活でした。それはそれで楽しいこともありました。二人で食事に行ったりドライブしたり楽しんでいました。しかし、何か物足りない感じもしないではありませんでした。例えば、フランス料理のコース料理を食べているとき途中で箸休めのシャーベットが出てこない感じと似たものがありました。暫くの間、末娘、赤ちゃんそして私達夫婦4人の生活が2か月あることを嬉しく思います。
 ところで、私の好きな食べ物は寿司、お肉そしてラーメンです。だからこれらの食べ物を提供してくれるお店を探すのが私の趣味だといっても良いかもしれません。東京・京都・大阪・神戸・岡山・広島に私の行きつけの店があります。お店の紹介はほそや医院のホームページのブログに紹介させていただきます。11月22日の日経新聞の私の履歴書に文化人類学者である石毛直道さんが寿司について面白い話を掲載されており寿司の歴史がわかってとても面白かったので少し皆様に紹介しようと思います。現在の米国では「寿司は健康食」と思われ寿司ブームとなっていますが、かつて寿司は「変わり者が食べる料理」という扱いだったそうです。日本の海鮮料理は素材にできるだけ手をかけず生の良さを生かしています。生には気持ち悪いという負の評価と新鮮という正の評価があります。魚は生臭い反面、低カロリーです。寿司は、生と魚の正の評価が結合し人気が米国から世界中に広がったと石毛さんは述べています。
 私は岡山のM寿司に家族と年に数回美味しいお寿司を食べに行くことを楽しみにしています。最近では顔なじみになり大将の前に座ることが許されるようになりました。ここで、おいしいお酒を飲みながら寿司を食べるとこの上ない喜びを感じ、それこそ生きている実感を感じます。

2017-12-25 12:55:57

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針と糸と孫

 10月下旬のある日、診療が終わり医院の隣の自宅に帰ると妻は和室の片づけをしていた。実は末娘が里帰り出産をするので10月初めから我が家にある不要なもの、不要なものと言っても長男が結婚した10年前からたまりにたまった不要物だから軽トラ2台分は優にある。それを破棄して2週間になるがまだまだ整理をする必要がある。そんなこんなで今日は食事を外ですることに話はすぐにまとまり家内と近所の居酒屋に出かけた。活イカの刺身、焼き松茸、松茸の天ぷら、土瓶蒸しと松茸づくしのあてで酒を家内と飲んだ。二人とも疲れていたのですぐに酔いは回ってきた。酔いに任せて終活の話になった。詳細は話せないがとりあえず二人とも元気でいて、我々の人生は我々の大切な時間だからそれを大切にしようと改めて約束した。
 さて、大谷大学の学長を務められた曽我先生は「念仏と信心」についての談話の中で次のようなことを話されている。信心とは、例えば糸に針をつけたようなもの。糸はお念仏。針は信心。いくらお念仏の糸があっても、信心の針がついていなければ着物を縫うことはできない。針がなければ、いくら糸があっても着物は縫えない。いくらナンマンダブツナンマンダブととなえても、信心がなければ助からん。と言う内容を先生は語っている。
 夫婦も糸と針のようなものと思う。どちらが欠けても駄目で、二人で協力して着物(人生)を縫う(生きていく)ことが大事であると曽我先生の談話を読んで私はそう思った。
 12月の上旬には6人目の孫が誕生する。二人だけの生活から暫くは4人の生活になることが嬉しくもある。まだ見ぬ子孫のためにも長生きをと思うが、私の寿命は果たしてどうなのか知る由もない。

2017-11-08 11:01:00

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寿命と神様

 9月中旬の日曜日。いつもより遅い朝食を食べた後、自宅の庭の掃除や寄せ植えの花に水やりをしていると2匹の赤とんぼが芝生の絨毯の上をわがまま顔で飛び回っています。私が欅の下の葉っぱを掻き集めていると赤とんぼ君が私の頭上をぐるぐると周りあたかも「ねーねー僕たちと遊ぼうよ」と言っているようにも思えました。庭の掃除に少し疲れた私はウッドデッキに設置している椅子に腰かけ、一つ咳をして庭に目をやり赤とんぼ君たちを探しましたがもうそこにはいませんでした。額にうっすら掻いた汗を拭い、一気に水を飲みほしました。今年もあと数か月で師走を迎えます。時の移り変わりの速さに改めて驚きを感じずにはおられません。
 近頃私がよく考え込むことがあります。それは、「死」は不公平であり、理不尽であるということです。どこから見ても非の打ちどころがなくて頭もよく面倒見のよい人が先に死に、誰が見ても悪で罰を受けるべき人がのうのうと生きていることが不思議でたまりません。最近の出来事を見ても高速道路で路肩に泊まっていたバスがトラックに追突され高校生と運転手が亡くなられました。その高校生は優秀でオープンキャンパスに参加して夢を抱きながらバスに乗っていたと思われます。これからの話は作家五木寛之さんの著書「天命」に書かれている話です。癌に侵された20歳の女性が病室で東京タワーを見ながら毎晩しくしく泣いていたそうです。その理由を尋ねてみると「どうして私だけがこんなにきれいな夜景の中で苦しまなければならないのか。私と同じ若い人たちは今頃、デートをしたりコンサートに行って楽しんでいるのになぜ自分だけが抗がん剤のため髪も抜け嘔吐に悩まされながら窓の外の東京タワーを見ていなければいけないのでしょうか。」おそらく、この女性の質問に答えることはできないと五木さんは書いています。さらに、五木さんは続けます。不公平で理不尽だからこそ、人はもう一つの世界(宗教)がなければ人は救われません。この不公平な世の中で弱者は犠牲になり、強者が栄える。この現実はどうしようもないことなのでしょうか。神がいれば人生も死も公平のはずです。理不尽な死は神がいないからでしょうか。
 私は68年間生きてきて神も仏もいないと思うことが多々あります。理不尽な死も天寿を全うした死も私は同じように思います。人は寿命が来れば死を迎えます。寿命というものはもしかすると生まれた時からすでに決まっているように思うことがあります。
 ところで、先程の東京タワーを見ながらしくしく泣いている女性に何をしてあげるのが一番良いか私なりに考えました。私がその子の父親ならだまって抱きしめてあげると思います。言葉はいらないと思います。

2017-09-20 11:07:00

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日野原重明さん逝く

7月18日に聖路加国際病院の名誉院長日野原重明先生が自宅で天寿を全うされた。
私は先生は亡くならないものだと思っていたのでこの報道を聞いてびっくりした。
先生のお話は学生時代、内科学会の席などで数回はお目にかかっている。とても話上手な先生だった。
先生といえば、わたしは2冊の本を思い出す。それは、120万部を超えた「生き方上手」と生と死の意味を描いた「葉っぱのフレディ」のミュージカルの脚本を思い出す。
 アメリカの哲学者でバスカーリアという作家が絵本で分かりやすく正と死の意味を描いた「葉っぱのフレディ」の大体の内容は、春の葉っぱは夏になるとしげり、秋には紅葉し大地に帰る。その葉っぱの水分や養分は再び根を通して幹や梢に吸収され春になるとまた新しい葉っぱが生まれるという内容だったと思う。
「生き方上手」に「いのちとは、ひとりひとりのもつ大切な時間。」と書いてあったのがとても感動したことを覚えている。
 これからの話は私が医学部学生だった頃、私の大学に講演に来られた時の話。16歳の若い少女が結核性腹膜炎となり症状が進行し嘔吐が続き、食事もとれなくなり苦しみながら家族にも看取られず一人寂しく死んでいった少女に対し、若き研修医であった日野原先生は医学の無力さを痛感されそれがその後の医師としての生き方に重大な影響を与えたことは想像に難くない。
 私事ではあるが医師として30年以上の経験でも医学は無力であり大切な命を救えなかったことはいくつか経験している。死は確かに個体死でそれ以上でもそれ以下でもない。死ぬことで生命は終わりを告げる。
しかし、私は最近次のように死を考えている。
後、何年命があるかは分からないが私のいのちは私のもつ大切な時間だからその時間を1時間たりとも無駄にしないように心がけるようにしている。診療している時間、食事をしている時間、家族と過ごしている時間あらゆる時間をとにかく大切にしようと思っている。

2015-06-11 11:03:00

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