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思い出の本島沖でタイ釣りをしてきました。

 6月初旬、午前7時に笠岡港を出港して、瀬戸大橋の近くにある「本島」方面に船を走らせました。この日は朝から天気も良くて釣り船に乗っていると船尾から出る白波がまるで、帯が流れているように見えます。島の景色も白波に二分されたように後方にあっという間に飛んでいきます。私は開業してからは年に数回は船で釣りに出かけていました。ある時は淡路島の民宿に泊まったり、またある時は山陰の民宿、江田島の旅館に宿泊して釣りをしました。勿論、宿泊するときは宴会付きです。宿泊しなくても、笠岡港や下津井漁港などから早朝の5時ごろから出向することもありました。しかしながら、私も年を取ったため最近は7時ごろの出港が多くなってきました。出港時間は遅くなりましたが、以前と変わらないことがあります。それは、船が港を出ると10分もたたないうちに缶ビールをプシュッと開けます。朝の紺色の海と船から出る白波そして島々の景色を見ながら飲むビールほど美味しいものはありません。今回の釣りは、約2年振りです。コロナ禍も影響してなかなか釣りどころではありませんでした。ところで、今回行く本島は丸亀市に属する島で面積6.74km2で塩飽諸島の中心です。実はこの島に私は今から30数年前にこの島唯一の診療所に勤務していた時期があります。子の診療所は岡山大学付属病院の分院でした。患者様も一日平均10数名でした。のんびりと診療できました。昼からは往診をしていました。往診するとタコやヒラメなどよく頂きました。天気の良い日は遠見山展望台から瀬戸大橋をよく眺めていました。また、診療所の下にある堤防から魚釣りも毎日のようにしました。私のような出来の悪い医者にでも優しく声をかけて頂きました。こんなに懐かしい本島沖でタイ釣りをしているとついこの前、漁船で脳梗塞のおじいちゃんを連れて丸亀の病院に搬送したことを思い出しながら釣り糸を垂らしていました。帰宅して、さっき釣ったばかりの鯛の刺身と冷酒八海山をいただきながら交流戦をテレビ観戦しました。この日は我がタイガースが日ハムに勝ちとても良い一日でした。

釣り船が白波をかき分けて本島方向に進んでいるときの写真です。遠くに瀬戸大橋がかすかに見えますね。

この写真は私が望遠レンズから本島沿岸と天理教の建物を撮影しました。この天理教に昔脳梗塞の患者さんを往診に行き丸亀の病院に漁船で搬送した懐かしの場所の写真です。

これは私が釣り上げたタイとのツーショットです。

ほそや医院研修センター正面に位置する池の中で育った睡蓮が見事に花を咲かせました。この睡蓮の周りでメダカたちがスイスイ泳いでいます。メダカたちを見ていると何故だか心が癒されます。

我が家の庭に咲いた深紅のバラの大輪です。

この写真は私が今年の3月31日にほそや医院の理事長・院長を退任した日に家内からの百合の花のプレゼントです。私は昔からなぜか白百合が大好きでした。もちろんうちの医院の関係の方たちから見事な胡蝶蘭を沢山いただきました。本当にありがとうございました。

2021-06-16 08:30:00

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いつか来た道

 5月初旬のある日の午後、私は山陽本線糸崎行きの車窓から尾道水道を眺めていた。尾道市と今治市を結ぶ瀬戸内しまなみ海道の最初の橋である尾道大橋が見えてくると電車は大きく左にカーブして尾道造船向島工場が眼前に現れてくる。海面は天気が良いためかキラキラ光って白く見える。まるで、無数のトビウオが海面ではねているようだ。私はこの場所をこれまでに子供の頃からするとそれこそ数えきれないほど通過している。ある時は、憔悴しきった自分が真っ暗な海の中に浮かぶ漁火を見ながら、またある時は、脳梗塞で倒れた父親を見舞うため夕暮れのオレンジ色に染まった海を見ながら、それからある雨の日、窓ガラスに水滴が左上から右下に玉突きのように移動している窓越しにどんよりと灰色をした海面を見ながら通過したことを思い出していた。林芙美子の放浪記の一説「海が見えた。海が見える。5年ぶりに見る、尾道はなつかしい。」を車窓からの景色を見ながら口ずさんでいると電車は尾道駅に滑り込んだ。改札口を出た私は大きく息を吸い込み背伸びをした。向島に渡る渡船を横目で見ながら海岸通りを西に向かう。
 しばらく歩くと直に通称「桜土手」に出た。ここを歩くのはそれこそ何十年振りだろうか。栗原川の両土手には桜の木が植えてある。やたらと生い茂った緑の葉っぱが目に飛び込んでくる。春にはそれこそ桜の花が咲きとても綺麗だろうと思いながら歩く。子供の頃はこの川で泳いだり、どんこを釣ったり、ウナギの仕掛けをして、朝に仕掛けの竹筒の蓋をワクワクしながら開けたことがついこの前のように思う。それにしても、この辺りはこんなに狭かったのか、川もこんなに浅かったのか、土手もこんなに低かったのか、何もかもが目の前の景色が小さく見える。やがて、細谷家の墓の前に着くと顔が汗ばんでいるのに気が付いた。細谷家の墓は高台にあるので私の実家や千光寺のある山並み、市街地が一望できる。墓の前にしゃがんで一つ咳をして、しばらくの間墓参りをしてないことを詫びた。私の近況や妻、子供たち、孫たちのことを取り留めもなくつぶやいていると横からひんやりした風がすーと通り抜けていく。ちょうど良いタイミングだと勝手に解釈して、高台を降りていく。細い傾斜のある道を下り、先ほどの桜土手に戻る道すがら私は下に記すようなことを考えていた。
 人生を山歩きととらえるなら、真っすぐに頂上を目指すのもよし、裏のほうから這い上がってそこで滑り落ちたり休んだり、きれいな植物に出会ったりするのもよし。道草をしながら違ったルートを探すのもよし。私もこの6月で72歳となる。この原稿を書いているときに田村正和さんの死亡のニュースを聞いた。77歳という。思えば私の5年後である。そろそろ私も下山の準備をしなくてはいけない。こんな事を思っていると、私のイヤホンからさだまさしの「主人公」が流れてきた。
 ・・確かに自分で選んだ以上 精一杯生きる そうでなきゃあなたにとても とてもはずかしいから あなたは教えてくれた 小さな物語でも 自分の人生の中では 誰もがみな主人公・・私の人生の中では 私が主人公だと この歌詞が私の頭の中で反芻していた。

2021-05-24 08:00:00

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コロナ禍ではありますが縮景園、福山動物園、四国水族館に行ってきました。

 新型コロナウイルのお陰で、私達の生活が一変してから1年がたちます。この様な禍はおそらく100年に一度在るか無いかだと思います。旅行、食事会、学会、スポーツ観戦などあげれば数えきれないほどの楽しみがすべてダメになりました。この悔しさは私たち家族だけでなく、日本いや世界中の人々が味わっています。ここに来て、日本でもやっとワクチン接種が始まり一条の光が見えてきたように思います。私は外出する頻度が一年前より少なくなった分だけいろんな本が読める時間が出来たのは良かったと思っています。2月のはじめ孫を連れて福山動物園に行ったり、中旬には家内と広島縮景園に梅の花を見物してきました。3月7日の日曜日は四国博物館に出かけました。コロナに気を付けながら工夫次第では楽しみを見つけることはできます。先日も家内と広島で天ぷらの老舗で食事をしてきました。カラッと揚げたエビ、白ネギ、キス、ゴボウのかき揚げはどこのお店で食べたものより美味しかったです。そして、八海山の冷酒を舌で転がしながら飲むと最高の幸せでコロナによる閉塞感はどこかに行ってしまったようでした。

この写真は縮景園での紅梅と白梅の写真です。紅梅の木にヒヨドリが花の蜜をついばんでいましたよ。

高層ビルから見た日の出の写真です。

福山動物園でのトラの前で撮ってもらった私の写真です。

この写真は孫が喜んで見ていたペンギンちゃんです。

四国博物館の中にある巨大水槽の写真です。

ハマチの大群が泳いでいました。

イルカがボールと遊んでいるところです。

穴子が穴の中に納まっている写真ですがとてもコミカルですよね。

2021-03-12 09:10:00

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紅梅とヒヨドリ

 2月中旬、いつもより少し暖かかったので家内と近くの梅林に出かけた。門をくぐると左前方に赤と白のまるで綿あめのような景色が現れた。4,5百メートル進んでみると見事に満開になった紅梅と白梅が目に飛び込んできた。あまりにも美しい紅梅の木を眺めていると、花のついた小枝が微妙に揺れているのに気が付いた。不思議に思って目を凝らしてみる。すると、なんとヒヨドリがさかさまになって花の蜜をついばんでいるではないか。ひとしきり見ていたら、ごちそうに満足したのかヒヨドリ君は飛び去った。
 私が何故紅梅の枝にとまって花の蜜を食べている鳥をヒヨドリと分かったかというと実は5,6年前に我が家の裏庭の窓の傍に植えている何本かの八つ手の木の一本におわん型の巣を作った鳥がいた。巣ごもりしている鳥をこっそり写真を撮って調べたことがある。その鳥は「ヒヨドリ」と言って、生態は里山や公園などある程度樹木のある環境に多く生息し泣き声は「ヒーヨ!ヒーヨ!」などと甲高く鳴く。繁殖期は5-9月と書いてあった。このことのお陰で私は目の前の野鳥をヒヨドリと認識したのである。話はまた過去に戻るとしよう。窓の傍に巣を作ってくれたお陰で毎日私はヒヨドリを観察できた。ある日4羽のひなが口を開けて親鳥の運んでくる餌を待っているのを目撃した。それからというもの帰宅したときはもちろん朝に夕に巣を見るのが日課となった。事件が起きたのはヒヨドリが孵化して7日目に起きた。隣の医院から我が家に帰ってくると愛犬メロンが窓に向かって吠えているではないか。ただならぬ雰囲気なので窓から外を見ると猫が八つ手の木の下で巣を見上げている。私はとっさにひな鳥たちが襲われると思い外に出て猫を追い払った。またある時は親鳥が甲高い鳴き声で猫を威嚇している場面に遭遇したことがある。私たち家族とメロンの監視の成果で、無事にひな鳥たちが巣立っていった。それからしばらくして、医院の屋根の上にヒヨドリが留まっているのを目撃したことがある。ヒヨドリはひな鳥が巣立った後、その巣に戻ってくるという習性があると何かの本に書いてあったが今見るこのヒヨドリ君が親鳥かどうかは分からないがそう思いたい自分がそこにいた。
 紅梅と白梅の並木道を家内と肩を並べて歩いていると後ろからさっと冷たい風が私達を追い越していった。その時、何故だか夕ご飯のことが気になってきたので家内に相談すると天ぷらが食べたいという。私は携帯を取り出し、なじみの店に電話を入れるとすぐに予約が取れた。コロナ禍だから店も暇なのかもしれない。店に入ると客はいなくて、大将が笑顔で迎えてくれた。しばらくしてからもう一組の夫婦がやってきたが、私達が帰るまで8席のカウンターは4人の客だけであった。日本酒と美味しい天ぷらそして、締めの天茶漬を堪能した私たちはほろ酔い加減で店を出た。
 院長を息子に譲った後は「あれもこれも」と思っていたが、コロナ禍では何もできないという閉塞感ばかりが私の周りに漂っている。この「どうにもならない」という受動性こそ、「無心」という境地だと仏教哲学者、鈴木大拙は述べている。このことを私はぬるめの風呂に浸かりながら、「絶対的受動性」を受け入れようと心底覚悟した。

2021-03-11 08:00:00

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落葉帰根

 10月中旬ごろから我が家の庭にあるハナミズキ、ヤマボウシ、エゴノキ、ケヤキ、モミジが順番に紅葉してくる。早春にエゴノキ、ケヤキの芽吹きはいつも感動する。一見枯れ木の様な枝から芽吹いてくる様子は何と表現したらよいのか言葉が見つからない。どことなく茶色のひげのようにも見える。それから7日経過すると薄緑色の葉っぱの形が出来上がる。さらに10日たつと数センチの葉っぱに成長する。さらに10日たつと10センチの普通の葉となる。そうなると、いかにも新緑の気配がある。風が吹くとその葉っぱを通り抜けた風はとても気持ちが良い。青葉アルコールの臭いはこんなものかと思うことがある。5月になるとハナミズキが白い花を咲かせる。4枚の白い花びらがとても愛くるしく感じる。それから、玄関前のエゴノキの可憐な白い花がうつむき加減に咲いている。6月に入り雨が降ると花が散ってそれがエゴノキの幹の周りに植えているクリスマスローズの葉っぱの上に落ちてまるで雪化粧のようである。ハナミズキやエゴノキの可憐な白い花が散ってしまうと暑い夏となる。芝生が燃えるような青みを帯びてきて、ケヤキや垣根となっているアカメの木(オオカネメモチ)そして青モミジと木々の緑色がなんとも言えない清涼感を与えてくれるのが嬉しい。やがて、10月になると私の出番がやってくる。というのも、ハナミズキやエゴノキが紅葉してきては順番に落葉となり地上に落下する。朝食前に庭に出て熊手で落ち葉を拾い集める。落葉拾いに疲れると池に居るメダカたちに餌をやる。メダカたちも私が庭を掃除し始めるとそわそわと水面に浮いてくる。そして、水面をもうすぐもらえる餌を期待しながら泳いでいる。11月になるとケヤキの紅葉が始まる。私は毎年芝生の一面にケヤキの落ち葉が絨毯のように敷き詰められるのを見るのが大好きなので芝生の上の落ち葉はしばらく掃除しないことにしている。ケヤキの落ち葉の形そして色彩、一つとして同じものはない。落葉を一枚一枚観察してみると虫食いのあるもの、まだ緑が半分以上残っているもの、真っ赤に染まっているもの、黄色が主であるもの、茶色と赤の混じったものなど表現すればきりがないほどの落ち葉なのだ。その落ち葉でできた絨毯、見る時間帯、夕方、日没前、早朝、雨の日、全く別物に見えるのが不思議である。雨の日に見る落ち葉の絨毯は私を感傷の国へ導いてくれるし、早朝に見ると希望の国に連れて行ってくれる。昼間に見ると安らぎの国へ案内してくれる。
 落ち葉を眺めているとお前たちも生まれてきて暑い時も雨降りの時も台風の時もよく頑張って耐えてきたな。もうそろそろ根に帰る準備をしたらどうだとついつい声をかけてしまう。

2020-11-26 10:37:31

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広島植物園に家内と二人でいってきました。

 10月中旬の土日を利用して、広島に行きました。コロナも落ち着いているので行きつけのすし屋さんに行きましたがやはりコロナ対策はできており安心して食事を楽しめました。翌日は足を延ばして植物園に行きました。睡蓮を集めた建物の中に入りました。そこには、モネの描く睡蓮とダブるものがありました。中南米に多い各種ランの群生しているところをゆっくりと鑑賞しました。やはり、植物を見ていると何だか心が癒されますね。

植物園に入場すると赤・黄・オレンジ色のヘリコニアの絨毯が出迎えてくれました。

この写真はロングウッドオオニバスと言ってスイレン科の中でアマゾン・パラグアイに自生する巨大水生植物で葉の直径は1.5から3メートルあるそうです。そこでの記念写真です。

モネの睡蓮を想像させたハスのプールです。

この写真は自宅の庭にある池に植えているハスとホテイ草です。この池にはメダカがたくさん泳いでいます。

咲き誇っているセイジに囲まれている私です。

温室内で見事に咲いている各種ランの写真です。

2020-10-23 09:24:00

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発熱患者さん専用の小屋を作りました。

 ほそや医院にとって、発熱患者さんと健康な患者さんの導線を如何に分けて感染を未然に防止することはこれまでの課題でした。これまでにもうちの医院でもそれなりに工夫をしていました。しかし、この冬は新型コロナとインフルエンザ同時流行も懸念され始めています。そうなると、予防接種に来られた子供さんや慢性疾患の高齢者の人たちの感染予防に一掃確かなものにする必要があります。そこで、ほそや医院では裏の駐車場に5畳ほどの小屋を建てました。小屋と言ってもプレハブと違って普通の住宅並みの断熱材も使用していますし、24時間換気の設備もあります。それに、オゾン発生器も完備しています。もちろんエアコンもあります。これまでは、発熱患者さんは車で診察していましたが、冬を迎え寒くなりますし、プライバシーも保てません。お腹の診察にはベッドも必要です。小屋にはベッドもありますので、スタッフの負担もこれまでと違って軽減できます。小屋があればインフルエンザ検査やコロナの検査も可能となります。患者さんの健康を守り適格な診断と治療が小屋を建てたことで可能となります。

これが外から見た小屋の外観です。

この写真は小屋の室内でベッドもこのように設置できました。

これが診察用のテーブルとオゾン発生装置です。

ガウンとフェイスシールドも備えてあります。

2020-10-22 11:21:27

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コロナ下の立ち止まり

 2月に3,711人の乗員乗客を乗せたダイアモンドプリンセス号内で新型コロナウイルス感染症の集団感染が報告されたときはまだ他人ごとごとのようであった。しかし、今はどうだ。世界中で新型コロナが大流行し、大変な事態になってしまった。経済は落ち込み、失業者も増加し、コロナ倒産の話も聞こえてくる。私も新型コロナのお陰で完全に立ち止まってしまった。
 もしもコロナの発生がなかったなら、東京オリンピックのゴルフ観戦をしていたし、9月には福島で開催だった臨床内科学会に参加しその足で秋田まで足を延ばして、知人に会う予定であった。そして、来年は世界糖尿病学会がトロントで開催されるのでカナダ・アメリカ旅行もひそかに計画していた。今となってはどれもかなわぬ夢となってしまった。
 3月は30数年ぶりのめまいで4日間仕事を開業以来初めて休んだし、4月は人生初めての入院を経験した。幸い、4月5月はコロナの影響で受診抑制もありそんなに忙しくなかったことは私にとっては幸運であった。6月に入るとストップしていた検診も再開されたし井原市ではコロナが発生してないこともあって患者様は昨年の同時期よりも増加し忙しくなった。
 いつまでも立ち止まってばかりはおられない。何事も始まりがあれば終わりは必ず来るものだ。おそらくコロナの流行も必ず収まるはずだ。
 この原稿を書いている書斎の窓からウッドデッキとその向こうに芝生の庭が見える。真夏の太陽が容赦なく照り付けているその下で、孫3人がシャワープールを楽しんでいるのが見え隠れする。13日から16日まで医院の夏休みであるが特に何も予定がないので家でゆっくり読書を楽しもうとアマゾンで数冊注文した。
 いつまでも立ち止まってばかりはいられない。前に進まなければと思う。副院長である息子とコロナ下での診療をどうすればよいか。お互いに意見を出し合っている。その一つに発熱患者さんを診察する建物を駐車場に設置し、そこで必要な人に安全に検査できる方法を検討している。何があっても私達医師は患者さんの健康を守り適切な治療をする義務があるのだから。
 部屋の外からセミの大合唱が聞こえてくる。ふと、子供の頃昼寝から目が覚めどことなくけだるい時に縁台の上で冷えたスイカを食べていたことを何故か思い出していた。もう60年以上前の光景である。

2020-08-19 13:17:11

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猛暑の中、おかやまフォレストパーク ドイツの森に行ってきました。

 新型コロナの感染拡大はとどまる様子は一向にありません。そんな中の日曜日、私達夫婦と孫たち7人でドイツの森へ行きました。うだるように暑い日にもかかわらず多くの家族ずれが来ていました。コロナ感染対策に入場時の検温、三蜜対策もなされていました。19時30分から花火大会があるため広い駐車場は車で一杯でした。ふれあい広場では、ヤギやロバ、ウサギそれからアヒルへの餌やり体験ができるので孫たちは大喜びでした。

ふれあい広場に居たアルパカです。

この写真はヤギがアスレチックをしていて、ロープで餌をかごに入れて滑車でヤギのいる上まで運ぶ遊びをしているところです。

キバナコスモスが一面に咲いてとても綺麗でした。その前での私です。

7月下旬に平山郁夫生誕90年を記念した絵画展を見に福山美術館へ行きました。

この写真は美術館の前に高橋秀幸さんが造った赤いアーチの全景です。この中に足を踏み入れると曲が地下から聞こえてきます。それが面白いので2歳の孫は2時間もそこに居ましたよ。私達は熱中症になる直前でした。(笑い)

2020-08-18 12:54:58

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人生初の入院を経験しました。

 私は4月23日から29日まで人生初の入院を経験しました。2月の人間ドックで胃線種を指摘されました。私も医者の端くれですから胃線種は癌化することもあるので切除が望ましいと考え入院を決心しました。治療としてはESD(内視鏡的胃粘膜下層剥離術)を受けました。少し話がそれますが、今年は干支が子の年なので昔からネズミ年は繁栄するといわれているので初詣でも良いことがありますように祈願しました。ところがふたを開けてみると新型コロナは流行するし、私も3月中旬にはめまいで診療を4日間開業して初めて休みました。幸い、長男が診療をしてくれたから医院を休診することなく私もゆっくり休むことができました。めまいはそれこそ研修医の頃ですから30数年ぶりに起きました。今年はあまり良い年ではなさそうだと思っていたら入院となりました。ESDを受けた後は3日間絶食でした。始めは絶食に耐えられるか自信ありませんでした。というのも普段よく食べ、よく飲む生活を40年間してきた私ですから。入院中は個室でしたが9階の部屋から岡山駅方面が一望出来てJRの在来線や新幹線が岡山駅を出発したり到着するのをじっと眺めていました。それに飽きると3、4冊持ち込んだ小説を読んで過ごしました。看護師さんが時間ごとに点滴を持ってきたり血圧や採決をしてくれるのが待ち遠しく思われました。それというのもコロナの発生で面会禁止になっていたので家内も来たくても来れませんでした。一人で病室にいると今頃は患者さんの検査をしているころだとか往診の時間だとかなどなどついつい思ってしまいます。主治医から退院後一か月は禁酒と言われていましたので忠実に守りました。晩酌をしないから食べすぎることもなく体重も入院前より4キロ減少しました。腹囲も97cmから92cmとなりズボンもぶかぶかとなりました。現在の私は体重も72キロを維持して以前のように浴びるようにお酒も飲まなくなり健康になりました。私の医院のホームページにも掲載しているように「人生塞翁が馬」を地で行ったように思います。

これはある日の病院の夕食の写真です。

退院前日部屋の窓からとった夜の景色です。

妻の運転で退院後初めて我が家に戻った時、庭のハナミズキが出迎えてくれました。とても綺麗な花をつけて咲き誇っていました。

この写真は私の誕生日に職員たちのお祝いの花束とのツーショットです。

6月下旬に福山は春日池公園に家族と花菖蒲を身に行きました。この写真は菖蒲畑の一コマです。

この写真は私の好きなアジサイの写真です。

アジサイとバックの菖蒲の花がマッチしてますね。

この写真は菖蒲畑で悦に入っている私です。

春日池公園にはバラ園もあります。少し時季外れでしたがまだこんなにきれいにバラが咲いていました。

2020-07-08 09:46:16

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