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道程

 9月中旬の日曜日。今日は目覚めがとても良かった。なぜかというと、今日は岸和田だんじり祭りにある人から招待されたので、昼前に井原を出て岸和田に向かう予定である。楽しいことがある日は子供の時のようにウキウキする。朝庭の水やりをしていてもやはり、空は快晴で日差しもまだ強いが8月の時のような暑さはなく、風も秋の風となってきた。
 最近、私は同じような夢をよく見る。それは、犬を連れて散歩している私がいて、曲がりくねった山道を歩いている。坂を登り詰めるとやや下り坂となり真っ直ぐに続く並木道が見えてきて、並木からこぼれる木漏れ日が見えそして林から落ちる深い影とコントラストをなしている。並木道の向こうには青空が広がり民家のようなものがぼんやりと見える。この後の夢は大事なものを一生懸命探している自分がいて、細い道を行ったり、一度来た道を引き返したりしてとても慌てている私がいる。そして決まったようにそこで目が覚めそれが夢だったと自答する。夢の中の道はセピア色をしていたと思う。
 道と言えば、ここで私の大好きな高村光太郎の「道程」と題する詩を紹介しよう。
 「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる ああ、自然よ 父よ
 僕を独り立ちにさせた広大な父よ 僕から目を離さないで守ることをせよ
 常に父の気魄を僕に充たせよ この遠い道程のため この遠い道程のため」
 高村光太郎は1883年生まれの画家、彫刻家、詩人であり道程や智恵子抄で有名な作家です。道程とは「ある地点にたどりつくまでの道のり」という意味を持つ。光太郎は妻である智恵子と会って、彼の考え方も変わってきて智恵子と出会う前の詩と出会った後の詩では作風が変わってきたのがよくわかる。私もこれまで曲がりくねった道やいばらの道を何とか潜り抜け70歳まで辿り着いた。先程紹介した夢の中に出た並木道の向こうに見えたぼんやりとした民家まで辿り着くまで細い道を小川に沿って歩いて行こうと思っている。

2019-09-19 09:47:00

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古希の思い出に湯河原・箱根方面に行ってきました。

 私は6月18日で70歳になりました。そう言えば、先日国民健康保険高齢受給者証が届きました。自分では今でも現役で仕事をしているし、スイミング、ジム、ゴルフをこなしているので高齢だとは思ったことはありません。しかし、現実は高齢者と言う集合の中に入っていることには間違いありません。でも高齢者と言う集団の中にいるお陰でよいこともあります。それは美術館や動物園、映画館の入場料、ゴルフ利用税などで特典もあります。7月6日から8日まで古希旅行に湯河原・箱根方面に家内と二人で旅をしてきました。湯河原は昔から文豪が数多く集まり、特に芥川龍之介が長期逗留していた中西屋旅館は有名でその跡地に近いところにあの舛添要一前都知事の別荘があることはあまりにも有名なお話です。その別荘に50回も公用車で来ていたそうですが、私達も初めて湯河原に来ましたが有名人が来たくなる要素を備えたところでした。箱根では主に美術館巡りをしました。昔から家内がラリックの工芸品に興味があったので箱根ラリック美術館を訪問しました。中世貴族の洋館を思わせる箱根ガラスの森美術館はとても綺麗でした。レストランではカンツォーネの生演奏を聴くことができました。そして、星の王子さまミュージアムにも行きました。大学時代ドイツ語の授業で星の王子さまを読む授業がありましたのでサン・テグジュペリの名作星の王子さまの内容はよく知っていました。内容は大人が読んでも面白く人生の生き方を教えてくれる内容だと思います。サン・テグジュペリが生きた時代のフランス風の街並みが再現されておりまた彼の自筆の手紙や写真そして星の王子さまがどのような経過で物語ができたかもわかる資料もあってとても楽しかったです。美術館巡りで疲れた私達は2泊目の宿泊先箱根離宮に向かいました。箱根の山並みの見える露天風呂にゆっくりつかり和食レストランで懐石料理と日本酒を堪能しました。翌日は箱根湯本から小田急ロマンスカーで新宿まで行き山手線に乗り換え新橋に行きました。そこから、歩いて銀座シックスを目指しました。やはり、銀座はいいですね。少し買い物をして20時10分発の桃太郎空港行きの飛行機に乗るため羽田空港を目指しました。2泊3日の古希旅行はこうして終わりを遂げました。

箱根駅伝の往路ゴールの碑の前でゴールした気分を味わっている私です。
 

芦ノ湖畔にある成川美術館の総長50メートルにも及ぶ大パノラマ展望ラウンジからの写真です。晴天なら富士山も見えるロケーションでしたが残念ながら見ることはできませんでした。
 

このクラシックカーはラリック美術館においてあるものです。ルネ・ラリック(1860-1945)は宝飾とガラスの二つの分野で時代の頂点を極めたフランスの工芸家です。
 

ガラスの森美術館の入り口にあったガラスでできたアジサイの写真ですよ。
 

これもガラスの森美術館で、大涌谷を一望することの出来る庭園で撮影したクリスタルガラスの競演している庭園の風景です。
 

この写真は星の王子さまミュウジアムを訪れた時の王子さまとのツーショット写真です。
 

星の王子さまの物語の中で王子さまの星に咲いたきれいなバラ、このバラが言葉で王子さまを振り回すようになってそれに耐えきれなくなった王子さまは自分の星から逃げ出すくだりがありますがこれが問題の一輪の美しいバラです。
 

この写真は銀座シックスの屋上にある庭園の写真です。周りのビルが無ければ普通にある地上の園庭ですよね。
 

屋上庭園での私です。

2019-08-20 10:27:00

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世界一美味しい朝食で有名な神戸北野ホテルに宿泊し、懐かしの伊丹昆陽池に行ってきました。

 6月11日診療が終わってから新幹線で神戸に向かいました。それというのも翌日、夙川に住んでいる末娘の用事で私達が孫の子守をする必要があるので前泊が必要になりどうせ宿泊するなら世界一美味しい朝食の食べれる北野ホテルに宿泊しました。ホテルは神戸北野の異人館が建ち並ぶ一角に、赤いレンガの外装で部屋数は僅か30室ですが、内装や家具特に絨毯にもこだわりがあるホテルでした。午後からは孫を連れて伊丹市にある昆陽池公園に久しぶりに訪れました。昆陽池はもともと、奈良時代の名僧である行基が築造した農業用のため池だったそうです。この池には秋から冬にかけてカモなどの多くの水鳥が飛来してきます。春には白鳥がひな鳥を連れて泳ぐかわいらしい姿も見られるそうです。実際私も今から約40年前には伊丹に住んでいたのでよく長男を連れてこの昆陽池に毎日のように来ては水鳥たちに食パンをあげていました。そのころ長男が2歳ごろだったのでちょうど今の孫とダブるものがあり、その頃の様子が懐かしく思い出されます。

神戸北野ホテルの外観の写真です。これまで宿泊したホテルの中では外観や部屋の内装や家具どれをとってもトップクラスでした。

 

自然光が取り入れているレストランで御覧のように色とりどりの傘が天井につるしてありました。

 

これが世界一美味しい朝食の写真です。5個のコップにあるのは飲むサラダで季節の野菜を低速ミキサーで絞ったものです。卵は丹波地鶏を使用した半熟らんでした。フランス語でハムのことを「シャンポンプラン」というそうですが生ハムは御覧のように大きくてバターを付けて食べるように説明がありました。タピオカオレも美味しかったですよ。

 

昆陽池の風景写真です。

 

木の上にとまって昆陽池を眺めているカラスさんの写真です。

 

陸に上がってきている白鳥です。孫がとても喜んで白鳥さんに声をかけていました。

 

2019-06-28 12:00:28

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令和元年に思う

 令和元年も1か月が経過しようとしている。最近、暑い日が続いている。5月最後の日曜日、年を取るとどうしても早く目が覚める。誰が言っていたか忘れたが、寝るのも体力が必要らしい。そう言えば、若いころは12時間でも寝られたと思う。今では6時間寝れれば御の字である。6時ごろから、自宅の芝生や花に水やりをした。その後、末娘の1歳半になる孫を連れて散歩した。近くの公園に行く道すがらバスを見ると「アフィ」と言い、クロネコヤマト宅急便を見ると「イヒ」と言う。公園について池の鯉を見ると「アヒ」と声を出す。娘のことは「カ」、家内のこと「バ」と呼ぶ。言葉が遅いのは家系らしく、私もしゃべるのが遅かったし、私の長男も遅かった。ひとしきり、公園内をよちよち歩きした後に、差し出した水を一気に飲み私を笑いながら見て、乳母車のほうを指さす。このしぐさを見ているととても癒される私であった。ベビーカーを押しながら、令和の意味由来を思い出そうとしていた。由来は万葉集の梅の花の序文にあって、安倍総理は「希望に満ち溢れた、新しい時代を切り開き、若い世代が活躍できる時代であってほしい、若者がそれぞれの花を咲かせることの出来る日本を作りたい」と述べていたと思う。6人の孫がこれから育っていくが、本当に日本が安全で美しい環境があって生活しやすい国であってほしいと自宅までの帰り道そう思った。
 話題を一か月前に戻そう。4月の終わりから10連休の大型ゴールデンウイークも特に患者さんに迷惑をかけることもなく無事に終わった。ゴールデンウイークと言えば、私は4月28日から名古屋に学会参加のため出向き、その後京都に行き、京都のホテルで令和を迎えた。平成の時は新年が明けて直ぐに小淵さんが1月8日、長男の誕生日に平成と発表したのを覚えている。激動の昭和が終わって、どちらかと言えば希薄な時代であった平成。こと私にとっては、昭和は生を受けて40年を過ごした時代。その間に、大学生を二度経験して遅咲きの医師になった時代。平成の30年間は医師として、患者のため、家族のためそして自分のために走り続けた30年であった。
 京都からの帰りの新幹線、名古屋と京都の滞在で少し疲れ気味の私は何をするでもなくボーと車窓から外の景色を眺めていた。すると、次のようなことが頭をよぎりだしてきた。
 そろそろ、下山の準備をしなくてはいけない。山の頂上に忘れ物をしてはいけない。出来れば、小さな川に沿って下山をしたい。そうすれば、のどが渇いたときに小川の水を飲めばよい。雨が降ればその雨は川に流れていくだろ。下山する道が分からなくなったら小川に沿って歩けばよい。川はきっと、きっと大河となって海へと続くであろうから。そんなことを空想していたら、突然アナウンスが飛び込んできた。「まもなく福山に到着します。」

2019-05-30 11:00:00

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ゴールデンウイークを利用して日本医学会総会に参加してきました。

私は4月28日の早朝に岡山から新幹線で名古屋に向かいました。11時過ぎにはポートメッセなごやに到着し、日本臨床内科学会に参加しました。夕方に向けて名古屋港水族館を見物しました。ゴールデンウイーク中は午後8時まで時間延長してくれるのでゆっくりと魚たちを見て回りました。夕食は名古屋駅近くの居酒屋「鶴八」で一杯やりました。ここは安くて料理もとても美味しかったです。特に手羽先は名古屋で有名な「山ちゃん」よりもおいしかったと思います。29日は早く起きて、地下鉄東山線に乗り本山で下車して、四谷通を名古屋大学に向かって歩きました。48年前私はここに住み夢をもって日夜有機化学の研究をしていたことを思い出していました。その当時はなった地下鉄名古屋大学前から乗車し、名古屋国際会議場に出向きました。ノーベル賞受賞した山中伸弥先生と本庶 佑先生の講演を拝聴しました。その後、京都に行き同じく内科学会に参加している娘夫婦とモリタ屋木屋町店で合流し美味しいすき焼きを堪能しました。30日も京都に泊まり観光しました。洛北にある「蓮華寺」に行きましたが、青モミジがとてもきれいで庭を眺めていると時間のたつのも忘れてしまいました。ここだけは時間が止まっているように思いました。

この写真は名古屋港水族館正面入り口の写真です。

 

地球上でもっとも寒い北極圏にいるベルーガの写真です。

 

この写真は28日の夜一人で立ち寄った居酒屋「鶴八」のお店の様子です。私は手羽先、冷奴、焼き鳥など食べましたがとても美味しかったです。それこそ、私がサラリーマンの頃、梅田駅周辺で飲んでいたころを思いだし懐かしく回想しながら冷酒を飲みました。

 

現在の名古屋大学をバス停から見たもので左側の校舎が理学部で昔私がここで研究していたとこです。

 

本庶先生が「がんを免疫力で治す」という演題で講演されているところの写真です。立見席が出るほど超満員で私も舞台の袖で聴きました。

 

京都市左京区にある天台宗の寺院「蓮華寺」の境内の写真です。青モミジがとても綺麗で初夏を感じさせました。

 

これは池泉鑑賞式庭園の中にある池の写真です。中央にあるのが船石です。

 

これは蓮華寺の入り口での私の記念写真です。
 

2019-05-09 21:17:34

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チームラボ広島城光の祭りに行ってきました。

デジタル技術を駆使して幻想的な光で広島城を彩るイベントが2月8日から始まりました。私達は2月10日の夜出かけました。天守閣の周辺に多数置かれた卵型のオブジェは、人が揺らすと様々な色に変化します。このイベントは浅野氏入城400年記念だそうです。

天守閣近くの写真です。とても幻想的ですよね。

 

卵型のオブジェとのツーショット写真です。
 

2019-03-07 11:52:47

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平成最後の札幌雪祭り

我々夫婦は2月5日から一泊二日で平成最後の札幌雪祭りに行ってきました。これまで札幌は何度か来ていますがこの時期来るのは初めてです。私は雪景色が昔から大好きで雪を見ると気持ちが高揚します。理由は分かりません。旅行前から家内と札幌の気温など事前に調べて服装はどうするか靴はブーツにしなくてはいけないのか。いろいろ心配しましたが結局は徒労に終わりました。今回の旅は雪祭りが目的だったので時間も余裕で疲れのない旅でした。万事塞翁が馬コーナーでお話ししたように今回はグルメ旅行でもありました。

札幌名物数多くあるスープカレーのお店の中でも、エビスープで一世を風靡した「奥芝商店」の店頭での私です。なんと、1時間も待ちましたよ。

 

すすきのアイスワールド、きらびやかな氷像がイルミネーションでとても映えて見えます。

 

大通公園から見た夜のさっぽろテレビ塔の写真です。イルミネーションがきれいですね。

 

大通会場にあるスターウォーズの雪像です。とても巨大でした。

 

これはちこちゃんの雪像です。とても可愛かったです。

 

これも大通会場内の雪像ですがイルミネーションの色が7色に変化してとてもきれいでした。
 

2019-03-07 11:43:00

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ゴールデンウィークの診療について

少しずつ暖かい日差しを感じるようなりました。
もうすぐ三月ですものね。
みなさまいかがおすごしでしょうか?
副院長の細谷武史です。

今回はゴールデンウィークの診療についてご周知いただきたく、ブログを書いております。

皆様ご存じの通り、2019年のゴールデンウィークは例年にない大型連休となります。
当院も4/29(月)~5/6(月)まで休診させていただくことになりました。

長期間の休診により、定期処方が必要な患者様や、
睡眠薬など処方日数に制限のある薬を内服されている患者様に対して
処方日数を調節させていただく場合がございます。

具体的には、いつもより処方日数が一週間程度短くなったり、長くなる可能性がございます。

これは、連休中に内服薬が無くなってしまってご迷惑をおかけすることがないようにするためのものです。

調節させていただく場合には、こちらからお声かけさせていただきます。
ご不明な点、ご要望、お気づきの点はその際にお気軽にご相談いただければ幸いです。


時代の変換点でもある、今年のゴールデンウィーク。
みなさまにとりまして、健康で素敵な、思い出に残る一週間でありますように。
 

2019-02-28 15:41:42

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71回札幌雪祭りに行ってきました。

 平成31年2月5日午後5時に札幌雪祭りすすきのアイスワールド会場内にあるきらびやかな氷の彫刻の前に私と家内が居た。井原より日没時間が約50分早いので辺りはすでに暗く、イルミネーションが幻想的だ。雪が吹雪いて舞い上がり雪に光線が当たり雪がきらきら星のようで、これをダイアモンドダストというのだろうと私は思った。すすきので雪の彫刻を堪能した後、円山公園近くの「すし善本店」に出向いた。カウンター席で、東北、酒どころの大吟醸・原酒を老舗の伝統の技が織りなす繊細な料理を肴にして杯を心地よく重ねた。

 その後の料理が、北海道を代表する毛ガニ、ウニ、蒸しアワビ、煮穴子、いくらなどのネタを私がこれまで出会ったことがない熟練寿司職人が握ってくれた。妻も職人の無駄のない動きに感動していた。美味しい料理そしてお店の雰囲気と板さんの絶妙な包丁さばきとトークに酔いしれた私たちでした。次に向かったのが、札幌雪祭り大通会場。そこには、大雪像と大氷像がドーンとそびえたっていました。ライトアップされ、場所によってはレーザービームもあって初めて雪祭りに来た私達はとても感動しました。午後10時でライトも消されるということなので大急ぎで見て回りました。ライトアップも消え、私達は札幌駅前通りを宿泊するホテルに向かって歩き出しました。気温は零下7,8度でしたが、意外と寒さを感じませんでした。雪の舞い散る札幌の街を妻と一緒に肩を並べて歩くのも悪くないと思う私でした。ホテルに23時前に帰りゆっくり入浴して冷え切った体を温めた後、部屋に設置してあるミニバーで山崎のロックを楽しんだ。31階の部屋から外を見ると雪が深々と降っている。岡山桃太郎空港を今日の午前8時15分発の千歳空港行きに乗って11時ごろには札幌駅に到着していた。札幌駅までの車中、窓から今年初めての雪を見た。自宅を6時30分過ぎに出発したから考えてみるとまだ18時間も経過していないのに、今日はいろいろ楽しんだことになる。お昼ご飯は札幌では有名なスープカレーで有名な奥田商店で満足し、夕ご飯はミシュランガイドの三星のついている「すし善本店」で飲んで、雪祭りを楽しんだ。

 これほど短時間に動いたのは我ながら感心している。窓から雪を見ていると、明日岡山に帰るのがなんとなく大儀に思えてきた。

2019-02-26 09:59:00

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平成最後の「ほそや医院だより」を思う

 今年も慌ただしく気がつけば後7日となりました。今年ほど自然の猛威に驚かされることはこれまでなかったように思います。7月の西日本豪雨による水害、その後の立て続けにきた台風による被害。そして、秋を感じる間もなくやってきた冬。ところで、院内雑誌のほそや医院だよりのことを少し紹介させていただきます。新春号と4月に発行される春季号で平成のほそや医院だよりは終わりとなります。今度は新しい元号の1号が夏季号より開始となります。平成11年7月に発行されたほそや医院だより夏季号が1号でしたのでこれも何かのご縁のような気がしてなりません。20年間私は患者の皆様に、ほそや医院だよりお届けしてきました。私は医師と患者の対話の中に真の医療があると信じ、地域に根差した医療機関として着実な健康教育をすることで患者の皆様の健康の維持に役立つという思いでこの小雑誌を「ドクターフォーラム」という素晴らしい出版社の協力のもと、これまでに80号のほそや医院だよりを出版させていただきました。とりわけ裏表紙に掲載している拙い随筆も80回となりました。私なりに開業医を続ける中で、気が付いたこと悩んでいること夢や希望を四季折々の話を交え書いてまいりました。正直言って20年の間には診療が忙しくて原稿を書くのがつらい時もありましたが何人かの患者様が医院だよりを楽しみにされ特に私の書いた随筆を感動されて何度も何度も読み返してくれた話を聞くにつけしんどいけども深夜ペンを走らせたことを思い出します。 
 来年の干支は亥年ですが亥にはどんな意味があるのでしょうか。調べてみると、「無病息災」とか生命の力が閉じた状態つまり今反映した状態を維持し守りに徹したほうが良いという意味もあるそうです。
 どうやら来年はあまり変化に富んだことをしないで健康に留意するのが良いようですね。

2018-12-27 09:16:00

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