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広島植物園に家内と二人でいってきました。

 10月中旬の土日を利用して、広島に行きました。コロナも落ち着いているので行きつけのすし屋さんに行きましたがやはりコロナ対策はできており安心して食事を楽しめました。翌日は足を延ばして植物園に行きました。睡蓮を集めた建物の中に入りました。そこには、モネの描く睡蓮とダブるものがありました。中南米に多い各種ランの群生しているところをゆっくりと鑑賞しました。やはり、植物を見ていると何だか心が癒されますね。

植物園に入場すると赤・黄・オレンジ色のヘリコニアの絨毯が出迎えてくれました。

この写真はロングウッドオオニバスと言ってスイレン科の中でアマゾン・パラグアイに自生する巨大水生植物で葉の直径は1.5から3メートルあるそうです。そこでの記念写真です。

モネの睡蓮を想像させたハスのプールです。

この写真は自宅の庭にある池に植えているハスとホテイ草です。この池にはメダカがたくさん泳いでいます。

咲き誇っているセイジに囲まれている私です。

温室内で見事に咲いている各種ランの写真です。

2020-10-23 09:24:00

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発熱患者さん専用の小屋を作りました。

 ほそや医院にとって、発熱患者さんと健康な患者さんの導線を如何に分けて感染を未然に防止することはこれまでの課題でした。これまでにもうちの医院でもそれなりに工夫をしていました。しかし、この冬は新型コロナとインフルエンザ同時流行も懸念され始めています。そうなると、予防接種に来られた子供さんや慢性疾患の高齢者の人たちの感染予防に一掃確かなものにする必要があります。そこで、ほそや医院では裏の駐車場に5畳ほどの小屋を建てました。小屋と言ってもプレハブと違って普通の住宅並みの断熱材も使用していますし、24時間換気の設備もあります。それに、オゾン発生器も完備しています。もちろんエアコンもあります。これまでは、発熱患者さんは車で診察していましたが、冬を迎え寒くなりますし、プライバシーも保てません。お腹の診察にはベッドも必要です。小屋にはベッドもありますので、スタッフの負担もこれまでと違って軽減できます。小屋があればインフルエンザ検査やコロナの検査も可能となります。患者さんの健康を守り適格な診断と治療が小屋を建てたことで可能となります。

これが外から見た小屋の外観です。

この写真は小屋の室内でベッドもこのように設置できました。

これが診察用のテーブルとオゾン発生装置です。

ガウンとフェイスシールドも備えてあります。

2020-10-22 11:21:27

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コロナ下の立ち止まり

 2月に3,711人の乗員乗客を乗せたダイアモンドプリンセス号内で新型コロナウイルス感染症の集団感染が報告されたときはまだ他人ごとごとのようであった。しかし、今はどうだ。世界中で新型コロナが大流行し、大変な事態になってしまった。経済は落ち込み、失業者も増加し、コロナ倒産の話も聞こえてくる。私も新型コロナのお陰で完全に立ち止まってしまった。
 もしもコロナの発生がなかったなら、東京オリンピックのゴルフ観戦をしていたし、9月には福島で開催だった臨床内科学会に参加しその足で秋田まで足を延ばして、知人に会う予定であった。そして、来年は世界糖尿病学会がトロントで開催されるのでカナダ・アメリカ旅行もひそかに計画していた。今となってはどれもかなわぬ夢となってしまった。
 3月は30数年ぶりのめまいで4日間仕事を開業以来初めて休んだし、4月は人生初めての入院を経験した。幸い、4月5月はコロナの影響で受診抑制もありそんなに忙しくなかったことは私にとっては幸運であった。6月に入るとストップしていた検診も再開されたし井原市ではコロナが発生してないこともあって患者様は昨年の同時期よりも増加し忙しくなった。
 いつまでも立ち止まってばかりはおられない。何事も始まりがあれば終わりは必ず来るものだ。おそらくコロナの流行も必ず収まるはずだ。
 この原稿を書いている書斎の窓からウッドデッキとその向こうに芝生の庭が見える。真夏の太陽が容赦なく照り付けているその下で、孫3人がシャワープールを楽しんでいるのが見え隠れする。13日から16日まで医院の夏休みであるが特に何も予定がないので家でゆっくり読書を楽しもうとアマゾンで数冊注文した。
 いつまでも立ち止まってばかりはいられない。前に進まなければと思う。副院長である息子とコロナ下での診療をどうすればよいか。お互いに意見を出し合っている。その一つに発熱患者さんを診察する建物を駐車場に設置し、そこで必要な人に安全に検査できる方法を検討している。何があっても私達医師は患者さんの健康を守り適切な治療をする義務があるのだから。
 部屋の外からセミの大合唱が聞こえてくる。ふと、子供の頃昼寝から目が覚めどことなくけだるい時に縁台の上で冷えたスイカを食べていたことを何故か思い出していた。もう60年以上前の光景である。

2020-08-19 13:17:11

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猛暑の中、おかやまフォレストパーク ドイツの森に行ってきました。

 新型コロナの感染拡大はとどまる様子は一向にありません。そんな中の日曜日、私達夫婦と孫たち7人でドイツの森へ行きました。うだるように暑い日にもかかわらず多くの家族ずれが来ていました。コロナ感染対策に入場時の検温、三蜜対策もなされていました。19時30分から花火大会があるため広い駐車場は車で一杯でした。ふれあい広場では、ヤギやロバ、ウサギそれからアヒルへの餌やり体験ができるので孫たちは大喜びでした。

ふれあい広場に居たアルパカです。

この写真はヤギがアスレチックをしていて、ロープで餌をかごに入れて滑車でヤギのいる上まで運ぶ遊びをしているところです。

キバナコスモスが一面に咲いてとても綺麗でした。その前での私です。

7月下旬に平山郁夫生誕90年を記念した絵画展を見に福山美術館へ行きました。

この写真は美術館の前に高橋秀幸さんが造った赤いアーチの全景です。この中に足を踏み入れると曲が地下から聞こえてきます。それが面白いので2歳の孫は2時間もそこに居ましたよ。私達は熱中症になる直前でした。(笑い)

2020-08-18 12:54:58

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人生初の入院を経験しました。

 私は4月23日から29日まで人生初の入院を経験しました。2月の人間ドックで胃線種を指摘されました。私も医者の端くれですから胃線種は癌化することもあるので切除が望ましいと考え入院を決心しました。治療としてはESD(内視鏡的胃粘膜下層剥離術)を受けました。少し話がそれますが、今年は干支が子の年なので昔からネズミ年は繁栄するといわれているので初詣でも良いことがありますように祈願しました。ところがふたを開けてみると新型コロナは流行するし、私も3月中旬にはめまいで診療を4日間開業して初めて休みました。幸い、長男が診療をしてくれたから医院を休診することなく私もゆっくり休むことができました。めまいはそれこそ研修医の頃ですから30数年ぶりに起きました。今年はあまり良い年ではなさそうだと思っていたら入院となりました。ESDを受けた後は3日間絶食でした。始めは絶食に耐えられるか自信ありませんでした。というのも普段よく食べ、よく飲む生活を40年間してきた私ですから。入院中は個室でしたが9階の部屋から岡山駅方面が一望出来てJRの在来線や新幹線が岡山駅を出発したり到着するのをじっと眺めていました。それに飽きると3、4冊持ち込んだ小説を読んで過ごしました。看護師さんが時間ごとに点滴を持ってきたり血圧や採決をしてくれるのが待ち遠しく思われました。それというのもコロナの発生で面会禁止になっていたので家内も来たくても来れませんでした。一人で病室にいると今頃は患者さんの検査をしているころだとか往診の時間だとかなどなどついつい思ってしまいます。主治医から退院後一か月は禁酒と言われていましたので忠実に守りました。晩酌をしないから食べすぎることもなく体重も入院前より4キロ減少しました。腹囲も97cmから92cmとなりズボンもぶかぶかとなりました。現在の私は体重も72キロを維持して以前のように浴びるようにお酒も飲まなくなり健康になりました。私の医院のホームページにも掲載しているように「人生塞翁が馬」を地で行ったように思います。

これはある日の病院の夕食の写真です。

退院前日部屋の窓からとった夜の景色です。

妻の運転で退院後初めて我が家に戻った時、庭のハナミズキが出迎えてくれました。とても綺麗な花をつけて咲き誇っていました。

この写真は私の誕生日に職員たちのお祝いの花束とのツーショットです。

6月下旬に福山は春日池公園に家族と花菖蒲を身に行きました。この写真は菖蒲畑の一コマです。

この写真は私の好きなアジサイの写真です。

アジサイとバックの菖蒲の花がマッチしてますね。

この写真は菖蒲畑で悦に入っている私です。

春日池公園にはバラ園もあります。少し時季外れでしたがまだこんなにきれいにバラが咲いていました。

2020-07-08 09:46:16

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尊厳死

 朝食をとりながらテレビを見ていたら、緊急事態宣言が解除された地域の報道をしていた。湘南海岸、渋谷ハチ公前、そして浅草雷門いずれも自粛前の4割程度の人が戻ってきたらしい。4月7日に国が緊急事態宣言を出してからは確かに私たちの生活は一変した。不要不急の外出は避け、マスクの着用や手洗いとアルコール消毒の励行。日本は欧米諸国と違ってコロナの発生率・死亡率いずれも少ないのはミステリーと諸外国から言われている。これは日本人の生活スタイルや習慣そして島国などが影響しているとも言われている。これまでにも各種ウイルス感染症は世界で発症しその都度解決してきたが、今度ばかりはこれまでのものとは違って、解決への出口が全く見えてこない。ワクチンや治療薬が確立すれば何とかなりそうに思うが、早くても1年以上はおそらくかかるであろう。それまで日本経済が持ちこたえるか。ファシズムが蔓延するか。排外主義が強まるか。そんなことを恐れてしまう。
 ところで、私はコロナの影響でこれまで楽しんでいたゴルフ・プール・ジムそして旅行などすべてダメになったので、アマゾンで本を注文し下記の本を暇に任せて読んだ。それは、斜陽(太宰治)、木漏れ日に泳ぐ魚(恩田陸)、カエルの楽園(百田尚樹)、人間(又吉直樹)、デラシネの時代(五木寛之)、老人と海(ヘミングウェイ)、輝ける闇(開高健)などなど。その中で一番感動したのが南木佳士さんの「山中静夫氏の尊厳死」という小説である。南木さんのことはご存知の方もおられると思うが、彼は1951年生まれで群馬県出身。現在も長野県佐久市の総合病院の内科医をされており時折小説も書かれる。89年「ダイアモンドダスト」で第100回芥川賞を受賞された方である。この物語の主人公は肺癌患者で、すでに肝臓と腰椎に骨転移をしており余命数か月を宣告されている。生まれ故郷である浅間山の見える病院に転院してきた。主治医は今井という肺癌専門医でこれまでいやというほど末期がん患者を看取その為思い疲労感を抱えている初老の医者である。ある時、今井と山名さんの間で話し合いがなされた。それは、昼からの数時間の外出許可と治療は痛みをとるモルヒネ治療だけにして意識がなくなる程度までモルヒネを増量しないという約束であった。今井はある日、山中さんが実家の裏で浅間山が見える場所に自分の墓を造っていることに気が付く。この小説の中で「尊厳死」というものは、患者の意思や希望に出来るだけ寄り添い、最後まで優しく痛ませず苦しませぬよう自然死を迎えさせることだとわかる。その点が家族と共謀して患者を楽に死を迎えさせる「安楽死」とは違うことがこの本を読んでいくうちに自ずと理解できる。最近、小椋佳さんが「老いの願い」という曲を歌っているがその歌詞に「できれば死にかたも自分で決めたいもの 贅沢望めるなら 痛まず苦しまず逝きたいもの」「自分らしく生きた 充分生きたと今なら思う」この歌こそが尊厳死を意味していると思う。
 話は変わるが、この原稿が皆様の目に触れるころ今より新型コロナウイルスの状況が好転していることを望むばかりだ。私は眠る前の5分間、何も考えないで明日はきっと良いことが一つでもあるだろうという怠惰な幸せを感じながら目を閉じる。

2020-06-09 09:59:00

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コロナに負けないようにお出かけしました

 世界中が今、新型コロナウイルスでこれまで経験したことがないことばかりが起きている。日本も例外でなくその真っただ中で日本人皆が不安な日々を過ごしている。緊急事態宣言が発令され各地では混乱が起き、経済も大変なことになっている。こんな時でも季節は忘れないで巡ってくる。小田川沿いの桜も見事な花を咲かせているが、何故か例年のように桜を見ても心が弾まないのは私だけであろうか。梶井基次郎は桜の木の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなに見事に咲くなんて信じられないことじゃないかと。述べているように本当に桜の花の群衆はその中に引きずり込まれそうになる。桜の花びら一枚ずついろんな怨念が隠れているのかもしれないと思うこともある。だから私は桜の花が風に吹かれて散っていくさまがとても好きで心から安堵する。

この写真は4月3日のお昼に小田川沿いで見た美しい桜です。

これは私と桜の木とのツーショットです。

桜の木が今にも川面に届きそうですね。

この写真は2月11日広島の縮景園での紅梅の写真ですがメジロが写っているはずですが皆様分かりますか。

広島県立美術館にバレルコレクッションを見物に行った時の私です。

この写真は広島のマンション40階からの風景写真です。遠くに広島湾が見えますね。また、川面が光っています。

2020-04-16 09:28:22

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新型コロナウイルスを憂う

 今日は朝から春雨が降っている。書斎の窓から見える山並みも靄がかかり、空もどんよりしている。私の心も重く晴れ晴れしない。ほんのひと月前の新聞の見出しに、武漢の産業集積地は新型コロナウイルスの影響で打撃を受けるという内容の記事が載っていた。それが今ではどうだ。大がかりのイベントは中止、小・中・高も異例の臨時休校、プロ野球オープン戦も無観客試合、美術館や博物館も閉館。ことの急すぎる展開に唯々驚くばかりである。
 AI(人工知能)と未知なるウイルスについて、私は庭の蕾を付けているハナミズキ、芽吹きを待っている欅の木そして新芽の出かけた芝生の上にしとしとと落ちる雨を見ながら思いを巡らせた。AIは私の関与している医療の分野ではすでにCTやMRIの画像をAIが診断してくれるしこれまで病理医が診断していた生検した組織までも診断可能となってきた。AIを構築するには必要とする分野のデータの積み重ねがないと AIは機能しない。つまり、未知なるウイルスの発生予測やはたまた治療方法は AIには無理な話である。そう考えると、現在の新型コロナウイルスを収束するには全世界の研究者が協力して治療方法を早く見つける必要がある。どんなに技術が進んでも私達人間は自然の摂理の中で生きているので、自然の摂理に基づいた、人間として望ましい生き方をすべての人が心がけることが大切であると確か、梅原 猛が言ったことを思い出していた。
 翌日は打って変わって、天気は快晴で気温も上がってきたので私達は孫を連れて近くの総合公園に出かけた。そこでは多くの家族連れがボールを蹴ったり、フラフープに興じているもの、ブランコに乗ったり、滑り台で鬼ごっこをしている子供たち。みんなみんな明るくて楽しそうに私には見えた。孫も輪の中に入れてもらい滑り台に夢中になっている。暫くして、孫が疲れたのか私の傍に来たので水筒を差し出すと美味しそうに水を飲んだ。空を見上げるとクジラ雲が西から東にゆっくりと流れていく。抱いて雲を指さすとじじという。
 昔から今の季節は不安定で三寒四温とも言われている。兼好法師も「をりしも雨風うちつづきて、心あわたたしく散りすぎぬ」と記しているように、雨が降ったり風が強く吹いたりして落ち着かない天気は心慌ただしいだけでなく、身体にも影響して私の診療所にも頭痛やめまいの患者さんがこの時期多いように思う。
 新型コロナウイルスの影響で私の心も雨模様であるがこんな時だからこそ、踵をしっかり地面につけて歩きたいものだ。そして、5月のゴールデンウイークの頃は家族と一緒に再度角島大橋、川棚温泉をドライブして、途中に本場の「瓦そば」を食べたいと心底願うばかりだ。

2020-03-11 11:11:00

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冬の鎌倉に行ってきました。

 私達夫婦は12月15日から1泊2日で冬の鎌倉を訪れました。井原を朝早く出発して新幹線で新横浜まで乗車し、その後観光タクシーで鎌倉に向かいました。私は何度も鎌倉を訪れていますが家内は2度目の鎌倉行きでした。今回の旅行は由比ヶ浜、稲村ケ崎、江ノ島からみる富士山の景色を見ることが目的でした。鎌倉から富士山を見るためには冬の寒い朝方と日没前が最適と本に書いてあったのでこの旅行を企画しました。それと横浜美術館でルノアールとパリを愛した12人の画家たちというタイトルで展覧会を見ることもおまけの目的でした。

新幹線で東京に行くことは年に数回はありますが新幹線の中から富士山がきれいに見えることはめったにありません。しかしこの日は久し振りにきれいなフジが車窓から見えました。
 

この写真は稲村ケ崎から見た富士山の写真です。朝早く宿泊先の鎌倉パークホテルを出て家内と散歩した時に見た富士の写真です。
 

富士をバックに満足している私です。
 

長谷寺での私の写真です。今年は台風による潮風のせいで紅葉がもう一つでくすんだ紅葉でした。
 

この写真は鎌倉は小町通りの中にあったフクロウの館をタクシーの運転手さんが案内してくれました。フクロウは幸福をもたらすそうです。3羽のフクロウがとても可愛いですよね。
 

この写真は横浜美術館前でのイルミネーションです。とても綺麗でした。ランドマークタワーも天に向かってそびえていました。
 

11月24日に阪神タイガースファン感謝デイに行ってきました。この日はプレゼントに濃紺のひざ掛けをいただきました。この写真は球場で近本選手にインタビューしているところがモニターに映し出されたものです。
 

この写真は新年1月4日に孫たちとみろくの里イルミネーションを見物に行った時の写真です。
 

細谷家総勢14名で金光に初詣した時の写真です。

2020-01-23 10:37:00

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ソースの二度付けお断り

 帰宅途中の学生やサラリーマンで混雑した地下鉄を梅田で下車し2番出口の階段を上って外に出ると雨が落ちていた。そぼ降る雨の中、私は水たまりを避けるように小走りで北新地方面に歩いて行く。晩秋の雨のせいで気温は下がってきた。10分程度歩いただろうか。道路を挟んで向こう側に串カツだるまのネオンが見えた。私は急いで横断歩道を渡り、だるまの暖簾をくぐり店に入った。すると、例の「ソースの二度付けお断り」のソースの臭いが漂ってきた。カウンターに座ると粋の良いお兄さんが早速オーダーを尋ねに来た。私は串揚げセットを注文した。それとハイボールの注文も忘れなかった。もち、エビ、レンコン、牛ヘレ、キスの順に食べていった。40年前に食べていた味と当然のこと同じであった。

 私は25歳から30歳まで大阪で働いていたことがある。当時、友人とよく飲みに行ったところが新世界の串揚げだるまと神戸は三宮の餃子のひょうたんであった。だるまの串揚げはソース、衣、油が三位一体となり美味しさを醸し出している。だから、たくさん食べても胃が持たれたことはない。三宮のひょうたんも同様にいくら食べてもこちらも胃にやさしくにんにくの臭いも少ない。そう言えば、昨年甲子園に野球を見に義理の息子と行った帰りにひょうたんに立ち寄って餃子を10人前食べたが、彼も余程餃子が美味しかったのか感動してくれた。

 だるまを出ると雨はやんでいた。懐かしい串揚げを食べたせいかハイボールを飲みすぎたせいかよくわからないが心は40年前の私になっていた。その当時よく行ったお初天神の境内の傍にあったおでん屋を探したが見つからなかった。どうやら区画整理で退去したのであろう。曽根崎からJR大阪駅方面に歩いてみたが高層ビルが立ち並び昔の面影は丸ビルと阪神百貨店の前の歩道橋ぐらいと思った。

 歩道橋から空を見上げると満月が流れる雲の間から見え隠れしている。その月に向かって「どうか、妻よ、子供たちよ、孫たちよ、元気でいよう。そして、私も生ある限り医師として元気で働くことができますように」手を合わせた。

2019-12-05 18:33:00

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