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人生初の入院を経験しました。

 私は4月23日から29日まで人生初の入院を経験しました。2月の人間ドックで胃線種を指摘されました。私も医者の端くれですから胃線種は癌化することもあるので切除が望ましいと考え入院を決心しました。治療としてはESD(内視鏡的胃粘膜下層剥離術)を受けました。少し話がそれますが、今年は干支が子の年なので昔からネズミ年は繁栄するといわれているので初詣でも良いことがありますように祈願しました。ところがふたを開けてみると新型コロナは流行するし、私も3月中旬にはめまいで診療を4日間開業して初めて休みました。幸い、長男が診療をしてくれたから医院を休診することなく私もゆっくり休むことができました。めまいはそれこそ研修医の頃ですから30数年ぶりに起きました。今年はあまり良い年ではなさそうだと思っていたら入院となりました。ESDを受けた後は3日間絶食でした。始めは絶食に耐えられるか自信ありませんでした。というのも普段よく食べ、よく飲む生活を40年間してきた私ですから。入院中は個室でしたが9階の部屋から岡山駅方面が一望出来てJRの在来線や新幹線が岡山駅を出発したり到着するのをじっと眺めていました。それに飽きると3、4冊持ち込んだ小説を読んで過ごしました。看護師さんが時間ごとに点滴を持ってきたり血圧や採決をしてくれるのが待ち遠しく思われました。それというのもコロナの発生で面会禁止になっていたので家内も来たくても来れませんでした。一人で病室にいると今頃は患者さんの検査をしているころだとか往診の時間だとかなどなどついつい思ってしまいます。主治医から退院後一か月は禁酒と言われていましたので忠実に守りました。晩酌をしないから食べすぎることもなく体重も入院前より4キロ減少しました。腹囲も97cmから92cmとなりズボンもぶかぶかとなりました。現在の私は体重も72キロを維持して以前のように浴びるようにお酒も飲まなくなり健康になりました。私の医院のホームページにも掲載しているように「人生塞翁が馬」を地で行ったように思います。

これはある日の病院の夕食の写真です。

退院前日部屋の窓からとった夜の景色です。

妻の運転で退院後初めて我が家に戻った時、庭のハナミズキが出迎えてくれました。とても綺麗な花をつけて咲き誇っていました。

この写真は私の誕生日に職員たちのお祝いの花束とのツーショットです。

6月下旬に福山は春日池公園に家族と花菖蒲を身に行きました。この写真は菖蒲畑の一コマです。

この写真は私の好きなアジサイの写真です。

アジサイとバックの菖蒲の花がマッチしてますね。

この写真は菖蒲畑で悦に入っている私です。

春日池公園にはバラ園もあります。少し時季外れでしたがまだこんなにきれいにバラが咲いていました。

2020-07-08 09:46:16

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尊厳死

 朝食をとりながらテレビを見ていたら、緊急事態宣言が解除された地域の報道をしていた。湘南海岸、渋谷ハチ公前、そして浅草雷門いずれも自粛前の4割程度の人が戻ってきたらしい。4月7日に国が緊急事態宣言を出してからは確かに私たちの生活は一変した。不要不急の外出は避け、マスクの着用や手洗いとアルコール消毒の励行。日本は欧米諸国と違ってコロナの発生率・死亡率いずれも少ないのはミステリーと諸外国から言われている。これは日本人の生活スタイルや習慣そして島国などが影響しているとも言われている。これまでにも各種ウイルス感染症は世界で発症しその都度解決してきたが、今度ばかりはこれまでのものとは違って、解決への出口が全く見えてこない。ワクチンや治療薬が確立すれば何とかなりそうに思うが、早くても1年以上はおそらくかかるであろう。それまで日本経済が持ちこたえるか。ファシズムが蔓延するか。排外主義が強まるか。そんなことを恐れてしまう。
 ところで、私はコロナの影響でこれまで楽しんでいたゴルフ・プール・ジムそして旅行などすべてダメになったので、アマゾンで本を注文し下記の本を暇に任せて読んだ。それは、斜陽(太宰治)、木漏れ日に泳ぐ魚(恩田陸)、カエルの楽園(百田尚樹)、人間(又吉直樹)、デラシネの時代(五木寛之)、老人と海(ヘミングウェイ)、輝ける闇(開高健)などなど。その中で一番感動したのが南木佳士さんの「山中静夫氏の尊厳死」という小説である。南木さんのことはご存知の方もおられると思うが、彼は1951年生まれで群馬県出身。現在も長野県佐久市の総合病院の内科医をされており時折小説も書かれる。89年「ダイアモンドダスト」で第100回芥川賞を受賞された方である。この物語の主人公は肺癌患者で、すでに肝臓と腰椎に骨転移をしており余命数か月を宣告されている。生まれ故郷である浅間山の見える病院に転院してきた。主治医は今井という肺癌専門医でこれまでいやというほど末期がん患者を看取その為思い疲労感を抱えている初老の医者である。ある時、今井と山名さんの間で話し合いがなされた。それは、昼からの数時間の外出許可と治療は痛みをとるモルヒネ治療だけにして意識がなくなる程度までモルヒネを増量しないという約束であった。今井はある日、山中さんが実家の裏で浅間山が見える場所に自分の墓を造っていることに気が付く。この小説の中で「尊厳死」というものは、患者の意思や希望に出来るだけ寄り添い、最後まで優しく痛ませず苦しませぬよう自然死を迎えさせることだとわかる。その点が家族と共謀して患者を楽に死を迎えさせる「安楽死」とは違うことがこの本を読んでいくうちに自ずと理解できる。最近、小椋佳さんが「老いの願い」という曲を歌っているがその歌詞に「できれば死にかたも自分で決めたいもの 贅沢望めるなら 痛まず苦しまず逝きたいもの」「自分らしく生きた 充分生きたと今なら思う」この歌こそが尊厳死を意味していると思う。
 話は変わるが、この原稿が皆様の目に触れるころ今より新型コロナウイルスの状況が好転していることを望むばかりだ。私は眠る前の5分間、何も考えないで明日はきっと良いことが一つでもあるだろうという怠惰な幸せを感じながら目を閉じる。

2020-06-09 09:59:00

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コロナに負けないようにお出かけしました

 世界中が今、新型コロナウイルスでこれまで経験したことがないことばかりが起きている。日本も例外でなくその真っただ中で日本人皆が不安な日々を過ごしている。緊急事態宣言が発令され各地では混乱が起き、経済も大変なことになっている。こんな時でも季節は忘れないで巡ってくる。小田川沿いの桜も見事な花を咲かせているが、何故か例年のように桜を見ても心が弾まないのは私だけであろうか。梶井基次郎は桜の木の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなに見事に咲くなんて信じられないことじゃないかと。述べているように本当に桜の花の群衆はその中に引きずり込まれそうになる。桜の花びら一枚ずついろんな怨念が隠れているのかもしれないと思うこともある。だから私は桜の花が風に吹かれて散っていくさまがとても好きで心から安堵する。

この写真は4月3日のお昼に小田川沿いで見た美しい桜です。

これは私と桜の木とのツーショットです。

桜の木が今にも川面に届きそうですね。

この写真は2月11日広島の縮景園での紅梅の写真ですがメジロが写っているはずですが皆様分かりますか。

広島県立美術館にバレルコレクッションを見物に行った時の私です。

この写真は広島のマンション40階からの風景写真です。遠くに広島湾が見えますね。また、川面が光っています。

2020-04-16 09:28:22

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新型コロナウイルスを憂う

 今日は朝から春雨が降っている。書斎の窓から見える山並みも靄がかかり、空もどんよりしている。私の心も重く晴れ晴れしない。ほんのひと月前の新聞の見出しに、武漢の産業集積地は新型コロナウイルスの影響で打撃を受けるという内容の記事が載っていた。それが今ではどうだ。大がかりのイベントは中止、小・中・高も異例の臨時休校、プロ野球オープン戦も無観客試合、美術館や博物館も閉館。ことの急すぎる展開に唯々驚くばかりである。
 AI(人工知能)と未知なるウイルスについて、私は庭の蕾を付けているハナミズキ、芽吹きを待っている欅の木そして新芽の出かけた芝生の上にしとしとと落ちる雨を見ながら思いを巡らせた。AIは私の関与している医療の分野ではすでにCTやMRIの画像をAIが診断してくれるしこれまで病理医が診断していた生検した組織までも診断可能となってきた。AIを構築するには必要とする分野のデータの積み重ねがないと AIは機能しない。つまり、未知なるウイルスの発生予測やはたまた治療方法は AIには無理な話である。そう考えると、現在の新型コロナウイルスを収束するには全世界の研究者が協力して治療方法を早く見つける必要がある。どんなに技術が進んでも私達人間は自然の摂理の中で生きているので、自然の摂理に基づいた、人間として望ましい生き方をすべての人が心がけることが大切であると確か、梅原 猛が言ったことを思い出していた。
 翌日は打って変わって、天気は快晴で気温も上がってきたので私達は孫を連れて近くの総合公園に出かけた。そこでは多くの家族連れがボールを蹴ったり、フラフープに興じているもの、ブランコに乗ったり、滑り台で鬼ごっこをしている子供たち。みんなみんな明るくて楽しそうに私には見えた。孫も輪の中に入れてもらい滑り台に夢中になっている。暫くして、孫が疲れたのか私の傍に来たので水筒を差し出すと美味しそうに水を飲んだ。空を見上げるとクジラ雲が西から東にゆっくりと流れていく。抱いて雲を指さすとじじという。
 昔から今の季節は不安定で三寒四温とも言われている。兼好法師も「をりしも雨風うちつづきて、心あわたたしく散りすぎぬ」と記しているように、雨が降ったり風が強く吹いたりして落ち着かない天気は心慌ただしいだけでなく、身体にも影響して私の診療所にも頭痛やめまいの患者さんがこの時期多いように思う。
 新型コロナウイルスの影響で私の心も雨模様であるがこんな時だからこそ、踵をしっかり地面につけて歩きたいものだ。そして、5月のゴールデンウイークの頃は家族と一緒に再度角島大橋、川棚温泉をドライブして、途中に本場の「瓦そば」を食べたいと心底願うばかりだ。

2020-03-11 11:11:00

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冬の鎌倉に行ってきました。

 私達夫婦は12月15日から1泊2日で冬の鎌倉を訪れました。井原を朝早く出発して新幹線で新横浜まで乗車し、その後観光タクシーで鎌倉に向かいました。私は何度も鎌倉を訪れていますが家内は2度目の鎌倉行きでした。今回の旅行は由比ヶ浜、稲村ケ崎、江ノ島からみる富士山の景色を見ることが目的でした。鎌倉から富士山を見るためには冬の寒い朝方と日没前が最適と本に書いてあったのでこの旅行を企画しました。それと横浜美術館でルノアールとパリを愛した12人の画家たちというタイトルで展覧会を見ることもおまけの目的でした。

新幹線で東京に行くことは年に数回はありますが新幹線の中から富士山がきれいに見えることはめったにありません。しかしこの日は久し振りにきれいなフジが車窓から見えました。
 

この写真は稲村ケ崎から見た富士山の写真です。朝早く宿泊先の鎌倉パークホテルを出て家内と散歩した時に見た富士の写真です。
 

富士をバックに満足している私です。
 

長谷寺での私の写真です。今年は台風による潮風のせいで紅葉がもう一つでくすんだ紅葉でした。
 

この写真は鎌倉は小町通りの中にあったフクロウの館をタクシーの運転手さんが案内してくれました。フクロウは幸福をもたらすそうです。3羽のフクロウがとても可愛いですよね。
 

この写真は横浜美術館前でのイルミネーションです。とても綺麗でした。ランドマークタワーも天に向かってそびえていました。
 

11月24日に阪神タイガースファン感謝デイに行ってきました。この日はプレゼントに濃紺のひざ掛けをいただきました。この写真は球場で近本選手にインタビューしているところがモニターに映し出されたものです。
 

この写真は新年1月4日に孫たちとみろくの里イルミネーションを見物に行った時の写真です。
 

細谷家総勢14名で金光に初詣した時の写真です。

2020-01-23 10:37:00

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ソースの二度付けお断り

 帰宅途中の学生やサラリーマンで混雑した地下鉄を梅田で下車し2番出口の階段を上って外に出ると雨が落ちていた。そぼ降る雨の中、私は水たまりを避けるように小走りで北新地方面に歩いて行く。晩秋の雨のせいで気温は下がってきた。10分程度歩いただろうか。道路を挟んで向こう側に串カツだるまのネオンが見えた。私は急いで横断歩道を渡り、だるまの暖簾をくぐり店に入った。すると、例の「ソースの二度付けお断り」のソースの臭いが漂ってきた。カウンターに座ると粋の良いお兄さんが早速オーダーを尋ねに来た。私は串揚げセットを注文した。それとハイボールの注文も忘れなかった。もち、エビ、レンコン、牛ヘレ、キスの順に食べていった。40年前に食べていた味と当然のこと同じであった。

 私は25歳から30歳まで大阪で働いていたことがある。当時、友人とよく飲みに行ったところが新世界の串揚げだるまと神戸は三宮の餃子のひょうたんであった。だるまの串揚げはソース、衣、油が三位一体となり美味しさを醸し出している。だから、たくさん食べても胃が持たれたことはない。三宮のひょうたんも同様にいくら食べてもこちらも胃にやさしくにんにくの臭いも少ない。そう言えば、昨年甲子園に野球を見に義理の息子と行った帰りにひょうたんに立ち寄って餃子を10人前食べたが、彼も余程餃子が美味しかったのか感動してくれた。

 だるまを出ると雨はやんでいた。懐かしい串揚げを食べたせいかハイボールを飲みすぎたせいかよくわからないが心は40年前の私になっていた。その当時よく行ったお初天神の境内の傍にあったおでん屋を探したが見つからなかった。どうやら区画整理で退去したのであろう。曽根崎からJR大阪駅方面に歩いてみたが高層ビルが立ち並び昔の面影は丸ビルと阪神百貨店の前の歩道橋ぐらいと思った。

 歩道橋から空を見上げると満月が流れる雲の間から見え隠れしている。その月に向かって「どうか、妻よ、子供たちよ、孫たちよ、元気でいよう。そして、私も生ある限り医師として元気で働くことができますように」手を合わせた。

2019-12-05 18:33:00

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岸和田だんじり祭りに行ってきました。

 9月15日の昼から家内と二人で岸和田だんじり祭りに出かけました。実は、「アヤコ食堂」で食事をしながらだんじりを見学するという企画に二人が招待されました。アヤコ食堂とは例のファッションデザイナーのコシノ3姉妹(ヒロコ、ジュンコ、ミチコ)のお母さんである綾子さんが1934年岸和田市でミシン1台でコシノ洋装店を開業して苦労して3人のファッションデザイナーを育て上げました。この思い出の場所に出来たのがおばんざいアヤコ食堂なのです。ドラマ「カーネーション」でも2階から見るだんじりが放映されていましたが私達もこの食堂の2階からだんじりを見学しました。だんじり祭りを堪能した後は梅田に戻り宿泊しました。あべのハルカスにまだ行ったことがなかったので天王寺まで足を運びました。ハルカスは201437日に全面開業したので実に5年経過してやっと行くことができました。展望台は地上300メートルでそこからは大阪市内ばかりでなく神戸のほうまで見ることができました。40数年前に私は天王寺にある予備校で化学の講師をしていたことがあるのでとても懐かしくまた時の流れの速さに驚愕していました。

コシノヒロコさんたちがアヤコ食堂の2階から祭り見物客に手を振っているところの写真です。
 

これは提灯200個を灯した夜間の曳行で、昼間の有名な「やりまわし」を動とするとこれは静を演出しています。
 

だんじり提灯の前での私です。この私のしている鉢巻きはコシノファミリーの住んでいたところを五軒屋町独自の鉢巻きだそうです。
 

あべのハルカス屋上から見た風景写真です。
 

屋上での私の写真です。
 

9月の中旬、タイ狙いで釣りに出かけました。ビギナーズラックとでもいうのでしょうか、御覧のように大きな鯛を釣り上げ満面の笑みの私です。
 

7月31日甲子園に野球を観戦に出かけた時の写真です。実は、この日の試合途中にほそや医院の記事が電光掲示板に流れるということなのでそれを見に行きました。確かに6回が終了した時に私の書いた糖尿病になったら気を付けたい5項目が流れ出したときは感動しました。
 

この写真は我が家の愛犬ラブちゃんの写真です。可愛いでしょう。
 

我が家の庭にヒヨドリが巣を作りました。生まれたひなの写真です。4年前にも同じところにヒヨドリが巣を作りひなを育てていました。この時はひなが巣立ちするまで観察しましたが、この度は可哀そうに巣立つ前にカラスの襲撃を受け3匹ともカラスに連れ去られました。

2019-11-12 11:20:10

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道程

 9月中旬の日曜日。今日は目覚めがとても良かった。なぜかというと、今日は岸和田だんじり祭りにある人から招待されたので、昼前に井原を出て岸和田に向かう予定である。楽しいことがある日は子供の時のようにウキウキする。朝庭の水やりをしていてもやはり、空は快晴で日差しもまだ強いが8月の時のような暑さはなく、風も秋の風となってきた。
 最近、私は同じような夢をよく見る。それは、犬を連れて散歩している私がいて、曲がりくねった山道を歩いている。坂を登り詰めるとやや下り坂となり真っ直ぐに続く並木道が見えてきて、並木からこぼれる木漏れ日が見えそして林から落ちる深い影とコントラストをなしている。並木道の向こうには青空が広がり民家のようなものがぼんやりと見える。この後の夢は大事なものを一生懸命探している自分がいて、細い道を行ったり、一度来た道を引き返したりしてとても慌てている私がいる。そして決まったようにそこで目が覚めそれが夢だったと自答する。夢の中の道はセピア色をしていたと思う。
 道と言えば、ここで私の大好きな高村光太郎の「道程」と題する詩を紹介しよう。
 「僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる ああ、自然よ 父よ
 僕を独り立ちにさせた広大な父よ 僕から目を離さないで守ることをせよ
 常に父の気魄を僕に充たせよ この遠い道程のため この遠い道程のため」
 高村光太郎は1883年生まれの画家、彫刻家、詩人であり道程や智恵子抄で有名な作家です。道程とは「ある地点にたどりつくまでの道のり」という意味を持つ。光太郎は妻である智恵子と会って、彼の考え方も変わってきて智恵子と出会う前の詩と出会った後の詩では作風が変わってきたのがよくわかる。私もこれまで曲がりくねった道やいばらの道を何とか潜り抜け70歳まで辿り着いた。先程紹介した夢の中に出た並木道の向こうに見えたぼんやりとした民家まで辿り着くまで細い道を小川に沿って歩いて行こうと思っている。

2019-09-19 09:47:00

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古希の思い出に湯河原・箱根方面に行ってきました。

 私は6月18日で70歳になりました。そう言えば、先日国民健康保険高齢受給者証が届きました。自分では今でも現役で仕事をしているし、スイミング、ジム、ゴルフをこなしているので高齢だとは思ったことはありません。しかし、現実は高齢者と言う集合の中に入っていることには間違いありません。でも高齢者と言う集団の中にいるお陰でよいこともあります。それは美術館や動物園、映画館の入場料、ゴルフ利用税などで特典もあります。7月6日から8日まで古希旅行に湯河原・箱根方面に家内と二人で旅をしてきました。湯河原は昔から文豪が数多く集まり、特に芥川龍之介が長期逗留していた中西屋旅館は有名でその跡地に近いところにあの舛添要一前都知事の別荘があることはあまりにも有名なお話です。その別荘に50回も公用車で来ていたそうですが、私達も初めて湯河原に来ましたが有名人が来たくなる要素を備えたところでした。箱根では主に美術館巡りをしました。昔から家内がラリックの工芸品に興味があったので箱根ラリック美術館を訪問しました。中世貴族の洋館を思わせる箱根ガラスの森美術館はとても綺麗でした。レストランではカンツォーネの生演奏を聴くことができました。そして、星の王子さまミュージアムにも行きました。大学時代ドイツ語の授業で星の王子さまを読む授業がありましたのでサン・テグジュペリの名作星の王子さまの内容はよく知っていました。内容は大人が読んでも面白く人生の生き方を教えてくれる内容だと思います。サン・テグジュペリが生きた時代のフランス風の街並みが再現されておりまた彼の自筆の手紙や写真そして星の王子さまがどのような経過で物語ができたかもわかる資料もあってとても楽しかったです。美術館巡りで疲れた私達は2泊目の宿泊先箱根離宮に向かいました。箱根の山並みの見える露天風呂にゆっくりつかり和食レストランで懐石料理と日本酒を堪能しました。翌日は箱根湯本から小田急ロマンスカーで新宿まで行き山手線に乗り換え新橋に行きました。そこから、歩いて銀座シックスを目指しました。やはり、銀座はいいですね。少し買い物をして20時10分発の桃太郎空港行きの飛行機に乗るため羽田空港を目指しました。2泊3日の古希旅行はこうして終わりを遂げました。

箱根駅伝の往路ゴールの碑の前でゴールした気分を味わっている私です。
 

芦ノ湖畔にある成川美術館の総長50メートルにも及ぶ大パノラマ展望ラウンジからの写真です。晴天なら富士山も見えるロケーションでしたが残念ながら見ることはできませんでした。
 

このクラシックカーはラリック美術館においてあるものです。ルネ・ラリック(1860-1945)は宝飾とガラスの二つの分野で時代の頂点を極めたフランスの工芸家です。
 

ガラスの森美術館の入り口にあったガラスでできたアジサイの写真ですよ。
 

これもガラスの森美術館で、大涌谷を一望することの出来る庭園で撮影したクリスタルガラスの競演している庭園の風景です。
 

この写真は星の王子さまミュウジアムを訪れた時の王子さまとのツーショット写真です。
 

星の王子さまの物語の中で王子さまの星に咲いたきれいなバラ、このバラが言葉で王子さまを振り回すようになってそれに耐えきれなくなった王子さまは自分の星から逃げ出すくだりがありますがこれが問題の一輪の美しいバラです。
 

この写真は銀座シックスの屋上にある庭園の写真です。周りのビルが無ければ普通にある地上の園庭ですよね。
 

屋上庭園での私です。

2019-08-20 10:27:00

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世界一美味しい朝食で有名な神戸北野ホテルに宿泊し、懐かしの伊丹昆陽池に行ってきました。

 6月11日診療が終わってから新幹線で神戸に向かいました。それというのも翌日、夙川に住んでいる末娘の用事で私達が孫の子守をする必要があるので前泊が必要になりどうせ宿泊するなら世界一美味しい朝食の食べれる北野ホテルに宿泊しました。ホテルは神戸北野の異人館が建ち並ぶ一角に、赤いレンガの外装で部屋数は僅か30室ですが、内装や家具特に絨毯にもこだわりがあるホテルでした。午後からは孫を連れて伊丹市にある昆陽池公園に久しぶりに訪れました。昆陽池はもともと、奈良時代の名僧である行基が築造した農業用のため池だったそうです。この池には秋から冬にかけてカモなどの多くの水鳥が飛来してきます。春には白鳥がひな鳥を連れて泳ぐかわいらしい姿も見られるそうです。実際私も今から約40年前には伊丹に住んでいたのでよく長男を連れてこの昆陽池に毎日のように来ては水鳥たちに食パンをあげていました。そのころ長男が2歳ごろだったのでちょうど今の孫とダブるものがあり、その頃の様子が懐かしく思い出されます。

神戸北野ホテルの外観の写真です。これまで宿泊したホテルの中では外観や部屋の内装や家具どれをとってもトップクラスでした。

 

自然光が取り入れているレストランで御覧のように色とりどりの傘が天井につるしてありました。

 

これが世界一美味しい朝食の写真です。5個のコップにあるのは飲むサラダで季節の野菜を低速ミキサーで絞ったものです。卵は丹波地鶏を使用した半熟らんでした。フランス語でハムのことを「シャンポンプラン」というそうですが生ハムは御覧のように大きくてバターを付けて食べるように説明がありました。タピオカオレも美味しかったですよ。

 

昆陽池の風景写真です。

 

木の上にとまって昆陽池を眺めているカラスさんの写真です。

 

陸に上がってきている白鳥です。孫がとても喜んで白鳥さんに声をかけていました。

 

2019-06-28 12:00:28

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